【シェパード×リージョン】名前を付けられないもの
医務室の隔壁が、微かな排気音を立てて滑らかに左右へスライドする。
チャクワスの診察を終えたシェパードが、軽く肩を回しながら出てきた。本人が自覚しているかは不明だが、その顔色はやや白い。
扉を出てすぐ横に視線を向けたシェパードだが、探しているその姿が確認できず、あたりを見渡した。
「……あぁ、リージョン、そこにいたのね」
「…………」
「? リージョン」
「……少佐シェパード」
リージョンのレンズがキュルと回転し、シェパードの顔を見上げるかのように向けられる。虹彩絞りが小さくなっては大きくなり、やがて落ち着いた。
「疲れた?」
「否定、我々には有機生命体のようなエネルギー消費による身体摩耗は機能しない」
「それなら、どうして座っているの」
「……」
リージョンは、診察室の窓に背を向ける形でいたが、シェパードはすぐに彼の姿を視認できなかった。その理由としては、リージョンが人間のするような『体育座り』の姿勢で待機していたからだった。
シェパードに向けられているレンズがキュルリと回転し、光が点滅する。
「……回答。待機のためアイドル状態へ移行。
必要最低限のエネルギー消費で機体を維持する場合、下肢と上肢で機体を固定化」
「それでその姿勢になったの?」
「肯定、重心を中心部に集中させることにより、待機中の姿勢も安定。各関節の駆動モーターへの電力供給も節約」
「へぇ……」
ふと、シェパードの頭に疑問が過る。
待機を命じたのは自分だが、彼の目的は観測ではなかっただろうか。
──いや、彼には彼なりの考えがあるのだろう。
クルーは自由意志の元で動くからこそ真価がある。単なる協力者のリージョンをクルーに含めるのが適切かは不明だが、少なくとも、今は彼もノルマンディーの一員だ。
クルーの個人的な事情に首を突っ込むほど、シェパードは野暮ではない。
「私はエンジニアリングに降りるけど、あなたはここで休んでいくの?」
「……否定、観測を継続。
通常モードへも移行済み、同行する」
「そう、好きにしたらいいわ」
立ち上がったリージョンに背を向ける。キュルリとレンズが回ったが、シェパードは気にせずエレベーターへと向かった。
チャクワスの診察により、予想外の時間を食うことになったが、今日のシェパードの業務はまだ終わっていない。
今のノルマンディーで、エンジニアとして主に活動してくれているのは、ケネス・ドネリーとガブリエラ・ダニエルズの男女二人組。
──そして2年前、成人の義のためにも、身の安全確保のためにも、初代ノルマンディー号へと乗り込んだ協力者。タリ・ゾラ。
彼女の属するクォリアンは、リージョンたちゲスにとって「創造主」にあたる種族だ。
チラッと後ろを着いてくるゲスを盗み見る。リージョンのレンズはシェパードの肩を通りすぎて、通路先へと向いていた。
このノルマンディーでリージョンを起動してから、一度だけ、タリとリージョンが大きく衝突した事案がある。
タリの父親は、艦隊のためにゲスを使った研究を行っていた。それを知ったリージョンが、ゲスのネットワークにリークしようとした。
ゲスは過去に、創造主から攻撃をされ、防衛のために武器を取った歴史がある。恐怖はないが、種の絶滅回避の意識はあると言ったのは、彼自身だ。
どちらも自分達の話であり、だがそれは、今の「彼等」が起こしたことではない。
リーパー達からの侵略に対抗するために、多くの惑星、種族と接してきたシェパードにとって、二人の言い分・行動も理解はできる。
この時はシェパードの説得によりその場が収まったが、双方の種族の燻りは残ったままだ。
……だが、形ばかりでも意見の衝突を回避してくれたのは、個人の感情や思想より、任務を優先してくれたことの何よりの証左だ。
だから彼等は信用ができる。今鉢合わせても、表面上は問題はないだろう。
区画を分ける隔壁が左右に開き、エンジニアリングのデッキに足を踏み入れる。低く、唸るようなドライブコアの駆動音が、振動となって身体に伝わった。
目の前にはコンソールを弄っている男女一組と、通路を挟んで同じく作業中のクォリアン。ドライブコアの音に隔壁の開閉音がかき消されたためか、シェパード達に気づいている様子はない。
──その状態の二人の口は異常なほどに軽い。
「そういえば、なあギャビー、聞いたか? 昨日のシタデルでの買い出しの後、3階の食堂でとんでもない光景が目撃されたらしいぞ 」
「聞いたって何を? またガードナーの配管修理の話? そういうのはもうお腹いっぱいよ」
「違う、違う! もっと衝撃的だ」
ドライブコアの音に負けじと、自然とドネリーの声が大きくなる。ひそひそと話しているつもりだろうが、タリにも筒抜けだった。
「少佐が朝食のために食堂に来た時さ、その後ろをあのゲス……リージョンが、きっちり2メートル半の距離をキープしながら、ちょこちょこ付いて歩いてたんだってよ!」
「えっ……リージョンが? 少佐の後ろを?」
「ああ、そうさ! しかも、少佐が右に曲がればリージョンもカチャカチャ音を立てて右に曲がり、少佐が水を汲むために立ち止まれば、リージョンもピタッと止まる。
まるで親鳥の後ろを必死に追いかけるカモの雛(ひな)そっくりだったらしい」
雛、という単語にリージョンのレンズがキュルキュルと回転する。データベースを参照したところ、小さくてフワフワした有機生命体がヒットした。
……人間には我々がこのような姿に見えた? 理解不能。形状、大きさ、質感、共に異なる。
「ちょっとそれ、想像したら少し可愛いじゃない……。
でもそれ、たしか少佐がデータの収集か何かをしてるって言ってなかった?」
「あー……言ってたっけ?」
「言ってたわよ! ……多分。」
「まあとにかく、少佐は完全に無表情のまま、いつもの司令官然とした調子でいた。
で挨拶の後の一言目が『こちらのことは気にするな』だぞ」
「つまり少佐はリージョンの行動を把握済みってこと、よね?
まあ少佐が許してるならいいんじゃない?」
気になるような、気にしかならないような。真相を確かめたいような、確かめたくないような……。
何とも言えないむずがゆさに、ケンがポリポリと頬をかいた。
「少佐が許してるならそうなんだが……。
もし俺が少佐の立場なら、背後に気配を感じた瞬間に振り返って『おい、ギャビー! 飯の邪魔をするな!』って一喝してるところさ」
「少佐はそんなことしないだろうけどな!」
コンソールを弄っていた手を止めて、肩を解すように伸びをする。
「まぁ、少佐が今このエンジニアリングの階段を静かに降りてきて、俺の背後でじっとその雛の話を聞いてるわけが──」
ない。
と、いう言葉は、ヒュッと空気を吸い込むと同時に喉の奥に引っ込んだ。
「ケン? どうし……」
ピキッ、とダニエルズの表情が固まった。
伸びをした姿勢のまま、冗談のつもりでケンは振り返っていた。そんなギャグ漫画のような、お決まりの流れが起きるわけがないだろう。と。
しかし、振り返った先には。
腕を組みながら、支柱に上体を寄りかからせて、左脚に重心を乗せた姿勢でこちらを見ている、噂のCOMMANDERの姿。
そして、そこからきっちり2メートル半離れたところで、同じく噂の雛の姿。
「「…………」」
「気にしないで、そのまま続けてくれて構わないわ」
「「………………」」
タリは何食わぬ顔で退室していった。
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