冷徹鬼神の座す地獄へ
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「ちょっと目を離しただけだというのに、何故こうも書類がたまってるんですかね?大王」
背後に般若を背負おい、くっきりと深い皺を眉間に刻んだ鬼灯は、持っている棍棒の先端を閻魔の頬に押し付けながら、閻魔の横に溜まっている書類の山に目を向けた。
閻魔のいる広間へ来たのがさっきの話で、軽い自己紹介を終えたのが1分前のこと。
「迷い混んじゃったの?それは大変だねぇ、すぐ返してあげないと」と、朗らかな笑みを浮かべる『閻魔大王』を前にして、緊張で強張っていた雪の身体は、あっさりとその緊張を解いた。
閻魔大王と謁見すると言われてから、あんな厳つい人と会うのか…と緊張していた訳だが
実際に会った『閻魔大王』というのは、現世の絵巻物とは比較にならない、穏やかな人物だった。
巨漢であることには変わらないが、絵巻のような、鬼のような表情をしているわけではなく、福の神の一種であると言われても疑わないだろう。
むしろ、その横に控えている鬼灯のほうが、よっぽど厳つく、鬼のような人物だ。鬼だけど。
「いいぃいたい、いたいよ鬼灯くん!
お客さんの前なんだからさぁ!せめてもう少し優しくして!!」
「優しくしたところで仕事しないでしょうこのアホ」
「そのアホってワシのこと!?」
「他に誰がいるというんですか。ここにいる雪さんに言うわけないでしょう」
おかしいな、鬼灯さんは『閻魔大王の第一補佐官』と自己紹介してくれてたはずなんだけど……
補佐官と言うよりも、躾役と言われるほうが、まだスッキリする気がする。
目の前で繰り広げられる光景に、雪は緊張も何もかもなくなり、脱力感を覚えた。
鬼灯の第一印象から、その上司に当たる閻魔大王は、絵巻であるような厳格な人物なんだろうと思っていたのだ。
だが実際には、締まりのない上司に、部下のほうがしっかり者にならざるをえなかった、ということなのかもしれない。
頼りない上司の下では、部下がよく育つと聞くけれど、なるほどこういうことなのか。
それにしたって育ち過ぎだろう。いろんな意味で。
「まぁそれはいいとして。
大王、雪さんを現世の門へ連れていきますので、申請許可を出して下さい。書類はこちらにあります」
「別にそれはいいけど……緊急事態なんだし、それ後でもよくない?」
「ダメです、緊急事態だからこそ、手続きはきっちり踏まなければなりません。
亡者が脱走したとかでないんですから、書類仕事しろ」
「命令系!?」
「なんだろうこの主従逆転現象……」
亡者が恐れる地獄の閻魔。その地獄の閻魔をどつく第一補佐官。
普通なら、不敬罪か何かでお縄につきそうなものたが、やり取りをする二人の間には、奇妙な「許し許され」の関係が成り立っているように思える。
とはいえ、雪がそう感じただけであって、実際は単に閻魔大王が寛容なだけかもしれない。
「あなたは、真面目に仕事をこなしさえすれば早いのですから、真面目にやってください。
地獄を束ねる大王がこんな体たらくでどうするのですか」
「わかったよぉ……ちゃんと仕事するから……
あ、これ、転送門の使用許可ね」
「ありがとうございます。さて、これで現世へ向かうことができますね。
あ、大王、私がいないからとサボらないでくださいよ。戻った時に書類の山が3分の1まで減ってなかったら……」
「やるやる!やるって!やるから金棒をパシパシしないで!」
「よろしい。
雪さん、お待たせしました」
「いえ…その、ご迷惑をおかけしたようで……」
「構いません、それも私の仕事ですので」
「雪ちゃん、気を付けてね」
「はい、閻魔様。ありがとうございます」
鬼灯に金棒をグリグリと押し付けられ、若干頬が赤くなっている閻魔大王。だが、まるでそんな仕打ちを気にしてないかのように、ニコニコと笑いながら、雪へと手を振った。
その間に、トゲの窪みやら擦り傷やら帯びていた頬が、スルスルと綺麗になっていく。その様子を驚きつつも、返事代わりにお辞儀をした雪は、先を先導しようとする鬼灯の後ろをついていった。
「閻魔様って、穏やかな人なんですね。絵巻とか銅像とかと全然違う」
「こちらとしても、現世の方々が何故あんな厳つい人物として奉りあげているのか、未だに謎ですね。
ちなみに、亡者の間では、閻魔大王よりも秦広王の方が閻魔大王っぽいと評判なんですよ」
「へぇ、秦広王様?のほうが現世の閻魔様にそっくりなんですね」
「そうですねぇ……威厳のある顔にスマートな体系を目指すと、結論秦広王になります」
「それって最早別人じゃ……」
雪は、さきほど会った閻魔大王の姿を思い浮かべた。
学校の授業や、現世にある偶像で見かける閻魔大王は、怒り翁のような顔に大きな身体をしており、ただの遇像を目の前にするだけでも、背がピンっと張る思いだった。
対して、今さっき出会った閻魔大王は……なんというか、とても孫に甘そうなお爺ちゃんといった感じだ。
身体の大きさは偶像に負けず劣らず巨漢であったが、どちらかというとお相撲さんのような、丸い巨漢というのがしっくり来る。性格的にも物理的にも角のない人だった。
「普段はあんな感じですが、一応、亡者を裁くときはきっちりしてるんですよ」
「あ、そこはちゃんと厳しいんですね」
「あれでも地獄の統括者ですからね、やるときはやるかたです。
まぁ、やらない時のほうが多いのですが……」
「そういえば、さっき閻魔様の顔の傷、綺麗に治ってましたね。治癒力かなにかですか」
「あぁ、現世の方々はあまり知らないんですね。
閻魔大王は元亡者……まあ今も亡者なんですが。日本で初めての死者が大王と言われてます」
「閻魔様って亡者だったんですか!?だから傷が治ったんだ…」
オラビックリだー、とでも言わんばかりの反応に、鬼灯は横に並ぶ雪をチラッと盗み見る。
そこには予想通り、気の抜けた顔で考え事をしている雪がおり、あーでもないこーでもないと百面相する様には若干面白さを感じたのか、ほんの僅かに鬼灯の雰囲気が緩んだ。
「それにしても地獄って広いですね、今いる場所は閻魔庁…でしたっけ」
「広いですよ。現世の人々に一般的に知られているのは、地獄のほんの一部にすぎません」
「私が知ってるのって針の山とか、阿鼻地獄くらいなんですよね。
後は凄い断片的で、熱窯で茹でられながら切られてる図とか……」
「随分とまぁ偏っているといいますか…いったい何をどうしたら、そんなものをわざわざ見ようとするんですか」
「いやぁ……餓鬼道とかそのあたり、一時期気になって調べてたらたまたま……」
恥じらうかのように頬をかく雪を、やや半目気味になりながら見下ろす。
鬼灯のその態度と口調は呆れたような色を含んでいたが、花の女子高生とも呼べる年代の女子が、なにをどうしたたそんな物騒なものに関心を向けるのかと、疑問に思うと同時に興味を示していた。
年齢は詳しく聞いておらず、ただ「高校生である」ということしか知らないが、女子の好みを深く知らない鬼灯とて、女子高校生と言われる年代の女性が好むものは、華やかであったり、可愛いものであるというのは理解している。
男子がいつまでたっても子供のようであるのに対し、女子というのは成長が早く、所謂「おませさん」な子が多い。
小学生くらいの年齢になって、母親の化粧具に興味を持ち、内緒でメイクを施して山姥のような顔を発見され、叱られる……
というのは、地獄の女鬼でもあるのだと、幼馴染であるお香から聞きかじった話だ。
特に、中学生から高校生の頃は思春期というものもあり、多くの人間が異性との違いを意識する時期で、女性に関して言えば、綺麗や可愛いといった「美」というものに急激に目覚める子が多い時期でもあるだろう。
目の前にいる雪は、丁度その時期に当たる人間だ。もちろん全ての人間がそうであるとは限らないが、見目もそこそこなものであり、着飾れば人目を引くのは一目瞭然。
が、当の本人はそういったものに感心がないのか、特に化粧っけもなく、素朴な女子高校生といった印象に落ち着いている。
磨けば、集合地獄の獄卒も目ではないだろう。
「だからと言って派手な人間は苦手ですがねぇ……」
「ん?鬼灯さん、何か言いましたか?」
「なんでもありませんよ。ところでさっきのお話なのですが───」
そこから鬼灯は、門につくまでの間に他愛のない質問を雪に投げかけた。
現世で今人気のテーマパークのこと、学校で行われるイベントにはどんなものがあるのか、世間を騒がせてるニュースや、急に流行りだしたウイルスの話など、本当に様々なことを質問した。
話の中で聞きなれない固有名詞があったことには首をかしげたが、それ以外はいたって普通の会話だったため、自分の知らない間に、また人類が進歩したのだろうと結論づけた。
また、雪からも地獄のことについて質問をされ、当たり障りのない、あるいは喋ったところで問題のない範囲で鬼灯も答えた。
例えば、賽の河原の話。
親よりも先に亡くなってしまった子供が修行する場所であるが、ならば自我の芽生える前の赤子ならどうなのか。
不要になった地獄の区域はどうなるのか。亡者が多すぎて入りきらないことはないのか。亡者の脱走はないのか。などなど。
知らないことを知れるのが楽しいのか、興味津々といった様子で問いかけてくる姿には勤勉さがうかがい知れる。
死後は閻魔庁で働いてもらいたいくらいだ。きっと有能な労働者になるだろう。
そうこう談笑していれば、時間が過ぎるのはあっという間で、気づけば現世へと続く門の前まで来ていた。
地獄と天国を隔たる門とは違い、その大きさは小ぶりなもので、朱色の鳥居に朱色の扉が取り付けられたような見た目の門だ。
「なんだかここまでアッという間でした、いろいろお話を聞かせてもらってありがとうございます」
「こちらこそ、現世のことが聞けて楽しかったですよ」
さて、あとはもう帰すだけだ。そう思って扉を開けた鬼灯が、雪に進むことを促す。扉の先は宇宙のような混沌とした空間が広がり、底が見えない。
多少足を竦ませた雪だったが、これまでも不可思議な現象には遭遇してきただう。女は度胸だ!と、潔く扉の中へ飛び込んだ。
「…………」
「………え、え……とぉ……」
「これは……どういうことでしょうか……」
「いやぁ……私にもさっぱり……?」
いったいどういう原理になっているのか不明だが
飛び込んだ雪の半身が、そっくりそのままゲートの中から、鬼灯のいる地獄側に戻ってきてしまっていた。
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