冷徹鬼神の座す地獄へ
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「日本の地獄」といえば
昔話でもよく聞く「血の池地獄」や「針の山」
獄卒と呼ばれる鬼に、生前罪を犯した罪人達が、常に様々な責め苦を行われる、混沌とした空間を思い浮かべる人が多いだろう。
それに異を唱えるつもりはない。想像するのは個人の自由であるし、自分自身もそう思っていた。
そんな地獄に、死ぬ前に足を踏み入れることになるなどと、一体全体誰が思うだろうか。
「どうしたもんですかねぇ……」
雪は、申し訳なさそうに身を縮こませ、その「鬼」を見上げていた。
額に生えた1本の角、口許から微かに見える八重歯とは違った鋭い歯。黒の装束を身に纏い、細身の身体には似つかわしくない厳つい金棒を肩に乗せたその「鬼」は、少女を見下ろして小さく息を吐いている。
切れ長の目は無感情に、しかし、何処となく「めんどくさい」と言うかのように細められ、ゆっくり息を吐くのとあわせて閉じられた。
口角の下がった口からは、ブツブツと現状を確認するような言葉が呟かれる。
「幽体離脱……ではありませんね、質感がしっかりしすぎている
となると、まさか生者が地獄に迷い混んできた……?例の井戸、閉めたはずなんですが……
また、どこかが繋がりましたかね」
「ええと……ここ、地獄なんですか」
「むしろこの絵面を見て、地獄以外の何だと言うんですか」
呆れたように息を吐くと、目尻に赤い
黒とも、何とも言えない混沌とした色合いの岩肌。柳の木とも似て異なる枯れ木が散在し、空は灰色に淀んでいて、聞いたこともない鳴き声の鳥が飛び回っている。
そんな灰色の景色の合間を、必死に逃げ惑う影、その後ろを、棍棒のような物を持つ影が追いかけている。
少し離れたところでは、這いつくばってピクリともしない影が複数体と、それに得物を振りかぶっている複数人の影があり、更にその少し奥のほうでは、鳥っぽい影や犬っぽい影に群がられてる者までいる。
流石にこの雰囲気で「モフモフ体験」などと呑気なことは考えることはできない。
そして、それらの周りには、灰色がかった世界では妙に鮮やかな「赤色」が。
どこからどう見ても地獄だ。これぞ正に地獄絵図、である。
「仰る通り……地獄ですね、はい」
「ええ、地獄です」
辺りは熱気に包まれており、じっとしているだけでも嫌な汗が吹き出るほどで、まるで熱したサウナに入れられたかのようだ。
地獄とは、かくも暑いものなのか。いや、「地獄の釜」というものがあるように、熱気が凄まじいのは当たり前かもしれない。
そんな中、涼しい顔をして、汗ひとつかくことなく端正な佇まいの鬼が、妙に浮いて見えた。
「ともあれ、貴女に何も危害が及んでなくてよかったです。
我々獄卒は、亡者であれば問題ありませんが、生者への折檻は罰則があります。故意ではないと言っても、傷付けることは許されるものではありませんから」
「そんな例外中も例外なルール、よく定めてましたね」
「貴女のように迷い混む人間が、過去にもいましたので」
その時のことを思い出しているのか、どこか遠くを見つめる鬼に、無表情な顔から読み解きにくいが、苦労をしてるんだなぁ……と、内心でその鬼を労る。
「とりあえず、雑談はここまでにしましょう。
貴女を現世に帰さねばなりませんので、着いてきてください」
「あ、ハイ、ありがとうございます、ええと……お名前は何て言うんですか?」
雪の問いかけに、背を向けて歩きだそうとしていた鬼はピタと足を止め、肩に掲げていた棍棒を地面に下ろすと、雪に向き直って、軽くお辞儀をしながら自己紹介をした。
…地面に下ろした際、金棒の先端が鈍い音を立てながらめり込んだ。そんな細腕のどこに、金棒を持ち上げる筋力があるんだ…と思いながらも、雪はソッと目を逸らした。
君子危うきに近寄らず。触らぬ神に祟りなし、である。
「失礼しました。自己紹介がまだでしたね。
私、地獄で閻魔大王の第一補佐官をしている鬼灯と申します」
「ええと、鬼灯さんですね。
私は鈴木 雪です」
「礼儀正しいかたは嫌いではありませんよ。
ところでその服装、学生ですか?」
「はい、一応学生です」
雪の格好は、学校から帰ってきてそのままベッドに寝転んでいたためか、若干皺になったブレザーとスカートのままだった。
無個性故、雪の通う高校は一般的な高校だった。小耳に挟んだ話では、高校を設立した当時の校長が、雄英高校の大ファンだったらしく、制服もそれに似せたものを作ろうとしたらしい。
残念ながら、設立当初にいた教頭やらなんやらが「ストップ」をかけたそうで、似ても似つかない色合いとデザインになってしまったが……
紺のジャケットに、白のブレザー、ネクタイの色は黄色と派手目で、スカートは濃い緑を基調にし、緑、薄い緑、白っぽい緑の線のチェック柄となっている。
上下共に暗い色合いで『随分と渋いチョイスになったものだ』と、服のデザインの話を聞いたときに思ったものだった。
「多感な時期だというのに、随分と落ち着いているようですね」
「いやまぁ、突拍子もないことには、多少慣れているといいますか、何と言いますか…」
「私としては、落ち着いていられるほうが楽なのでいいですが。
昔、たまたま地獄に来てしまった若者の相手をしたことがありますが……大人しくさせるのに苦労しました」
苦労した、と言う鬼灯の目が、ギンっと剣呑な光を宿して鋭く光る。
当時のことを思い出したのか、眉間には皺が刻まれており、相当苦い……否、腹が立つ思いだったのだろう。
獄卒が生者に手を出すことが許されていない──それは、事故で地獄に来てしまった人間に対して手を出すのは、如何なる行為でも「害となる」とされる。
状況説明も何もかも面倒で、手っ取り早く簀巻きにして現世へ送り返す、ということができないのだ。
亡者相手には、棍棒を投げつけて撃沈させるのが常の鬼灯だが、それが生者相手となるとそうはいかない。
常に忙しい鬼灯からすれば、無駄な手間をかけさせやがって、と苛立つのも仕方がないことだろう。
今にも舌打ちをしそうな程険しい表情の鬼灯に、冷や汗を滲ませた雪は、心の中でその『若者』とやらに合掌した。
「ちなみに、その若者とはいくつくらいの人だったんですか」
「確かなことは言えませんが、大体中学生くらいの男性でしたよ。とても元気のあるいい人でしたね」
「わー、こんな表情と言葉が一致してない人初めて。京都人みたい。」
「おや、失礼しました。
さて、無駄話も何ですし、ひとまず閻魔庁へ行きましょうか。貴女を現世に返すのにも、手続きを踏まないのはよろしくありませんからね」
こちらへどうぞと先導する鬼灯の背中を見て、随分と無愛想で、物騒な不思議の国の案内人だ、と思ったのは雪だけの秘密だ。
※ ※ ※ ※
閻魔庁に向かうまでの道中。
鬼灯の後ろを付いて回る人間が珍しかったのか、すれ違う獄卒の鬼達にチラチラと視線を向けられるのを感じながらも、雪は物珍しそうに辺りを見渡した。
そんな雪の様子に、鬼灯が気付いていないわけではなかったが
突然走り出すということもなく、ただ珍しそうに辺りを見渡すのに対して、見て困るものもあるわけではなかったこともあり、特に何かを言うこともなく先を進んでいった。
道中、流石に気になったのか「あれはなんですか」と雪が指差した列について鬼灯が解説したりということもあった。
ちなみに、雪が指差した列というのは、健康診断の受診待ちのように並んでいる亡者の列だった。
列の先には、これまた健康診断の簡易仕切りのようなものが設置されており、雪の見間違いでなければ「簡易地獄」という看板が立てられていた。なんだ簡易地獄って。
「全ての亡者が裁判を受けるわけではありません。軽微な罪の者には、こうした処置が施されるんです」
「獄卒の皆さん、忙しそうですもんねー……
あの、ちなみにこの『簡易地獄』って、何してるんですか」
「あぁ、ちょっと舌を抜いてるだけです」
「ん?ちょっと……え、舌を抜くってちょっとなの……?」
「ちょっと程度ですよ。亡者の身体はすぐ再生するので、注射針打たれたようなもんです。
これで無罪放免ですから、安いものですよ」
「本人達的には安くなさそうだけどなぁ……!」
地味に痛いだろう。想像するだけでも舌が痛む気がする。
顔を若干青ざめさせながら、列を成す亡者へ、内心で合掌した雪は、だかしかしふと、地獄で閻魔に舌を抜かれるというのはここから来てるのか……としみじみ思った。
『嘘つきは地獄で閻魔様に舌を抜かれる』と言うが、実際には閻魔様に裁かれる手前で舌を抜かれていたわけだ。
「なんか、地獄って、思ってたのと少し違いますね」
「そうですか?」
「はい、なんというか、もっと混沌としたものを想像していたんですよ。
いや、さっきの景色が混沌としてないと言う訳じゃないんですが…裁判を浮けるのも、こんなきっちり手順を踏んでやってると思ってなかったというか。
長蛇の列が、まるで予防接種の列のようだなと」
あと、思ってたより企業感がある。
ボソリと呟かれた言葉に、鼻を鳴らした鬼灯は「どこもかしこもこんなものですよ」と返した。
「時代の変革に合わせて、地獄も変わってきましたが……
ここ最近、亡者の数が多く、人手不足で困っているんですよ」
「地獄でも現世でも、人手不足は深刻なんですね」
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