幸せアイス
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……おうおう、抜け駆け上等。
女の子たちに睨まれながら、るんるん気分でコート近くへ歩いて行く。近づくにつれて見える、推し校の顔が良すぎて目が眩みかねないことだけに注意だ。それから、死なないようにしないと。
「部活おつかれ」
「おー、お前朝笑わせんなよウケる」
「え、ウケたこれ? 嬉し」
向日に言われてもう一度渾身の変顔をする。再度うけた、ありがたい。嬉しい。向日が素直ないい子でもっと嬉しい。もっとも、滝は血相を変えて真剣な瞳でこっちを睨んでくる。
「なあ俺、お前の顔褒めたよね。まじでやめてくれないそういうの」
「トーンが怖いガチすぎて」
「ほら鳳もショック受けてる。折角綺麗なお姉さんだと思われてたのに」
……嘘! 何それそうだったの⁈ 幸せアイスよ時間を戻して!
なんて御願いしたところでヤツらが聴いてくれるはずもない。滝が親指で差した先、確かに顔面を固めている鳳長太郎に、せめてもと思って微笑んでみたけれど無駄そうだ。
人の良い向日が、端から順番に紹介してくれる。本当にいい子。
「二年はな、そっちから鳳、日吉、樺地。そこの髪長いのは三年の宍戸。跡部は、まあ知ってるか」
私は大きく頷いた。侑士に初めて会った日に跡部様を調べてみろと言われたから、その通りネットで検索してみたのだ。『跡部景吾』で検索して出てきた結果件数は、元の世界の比ではなかった。跡部景吾は数多の界隈で賞を総なめにする天才で、ルックスを活かして系列会社の広告に登場し数多のブランドからオファーを受けるスーパーモデルでもある、芸能人だった。著書も刊行されているし、楽曲もリリースしている。跡部様の写真がバーンと印刷されている今年のカレンダーが安くなっていたので早速買って居間に飾ってあるし、ファンクラブの経営母体が跡部系列の会社だったから信用できそうで即入会した。
「今日から3Bに編入したの。仲良くしてね」
綺麗なお姉さんは、好きでしょう? という気持ちで自己紹介してみたけれど侑士が小声で「ええ、ええ、よろしくせんで」と言うから「侑士の従姉妹でーす」と付け加えておいた。
「自分な、そうやって俺の従姉妹ゆうブランド傘に来てると痛い目みるで。従姉妹は法的に結婚できるからな、当人たちになんぼその気がなくても」
「自分の血を『ブランド』扱いする人初めて見た」
「人が親切で言ってやってんのに口が減らんな」
どっちがだ、と思うけれど、侑士と遊んでいても仕方がない。「待ってるからね」と支度を急かすと、「これからシャワー」と言い残して部室らしい方向へ消えていった。鳳が人好きのする笑顔で近づいてくる。銀色の髪が夕焼けで優しい色に染まっていて、穏やかな笑みが余計に引き立つ気がする。
「学園のことでわからないことがあれば何でも訊いてくださいね、て、二年の俺が言うのも変ですけど。氷帝学園一日目はいかがでしたか」
「俄然やる気が湧いているよ。この学園の環境は本当に素晴らしいね」
「へえ、具体的に聞いてもいいですか」
良いでしょう少年たちよ聞くがいい、ここがどれだけ恵まれているか。施設面、授業の幅の広さ、それを選択できる自由度が高いこと、外部講師やゲストのレアさや質の高さ、やりたいことを模索するためのフォローアップの厚さ。こんなところで人生やり直しできるなんて最高過ぎる。
「用意した環境を気に入ってもらえたのは何よりだ」
「ふぁ」
オタクの熱弁を止めたのは、美しい微笑。オーラが違う、高貴な、なんて表現が似合う中学生がこの世に居ようとは。鋭く煌めく瞳は澄んでいるのに底知れない光できらきらしている。
「生かすも殺すもお前次第だがな、存分に楽しめよ編入生」
「ふぁい」
……あああああ跡部様が、跡部様が、私のような雌猫風情に話しかけて下さった……。
雌猫、ここに極まりました。もう思い残すことは無い。今の一瞬をおかずに一生白いご飯食べられる。
「おーい、生きてっか」
「ふぁ」
「侑士待つなら、部室前のベンチ使っていいぜ」
「ふぁひはほ、むかひ」
……ありがとう向日……この場に呼んでくれてありがとう……。
跡部様の背中に心の内側で拝みながら、他の選手の後ろをついて侑士を待つことにする。
……怒涛の一日だったな……まだ食事会があるけど。
やはり社会活動は素晴らしい。推しと友人になり、女の子の友人も出来、学ぶ意欲まで芽生えてしまった。春休みに転生してきて、腐っていたあの時期とは大違いだ。あとは親族が尊敬できる人だといい。
「ねえ」
「はい」
ベンチに座りながら本の続きを見ていた顔を上げる。
……うわっびっくりした……。
目の前に二人の女の子たちが立っていたからではない。その後ろに、さっきギャラリーに居ただろう子たちが、ヒソヒソといかにもな雰囲気を漂わせてこちらを見ていたのだ。子どもといえどこれだけ多くの人たちに囲まれたことがなくて、背筋がゾッとした。
二人組は氷帝の制服を着ていた。困ったような顔をしている大人しそうだけど可愛い子と、悪意丸出しのギャルっぽい子の二人。声をかけてきたのはこの子のほうだ。
「練習中は選手に話しかけないで。練習の邪魔になるの、言われないとわかんないかな」
「向日から話しかけてきたの、見てなかった?」
「……見てたようざいな。それでも話すなっつってんだよ、馬鹿なの?」
「あの、先輩は今日三年生に編入された方ですよね。私たちのルールを知らなくて当然ですよ」
売られた喧嘩は買う当然、という姿勢で受けた私とギャルの間に、もう一人の大人しそうな子が割って入ってきた。ルールは、テニス部見学のルールだろうか。それとも暗黙の了解だろうか。『抜け駆け上等』と思いながら近づいていったから、推し活的に私にも反省すべき点がきっとあるだろう。それに、このギャルと話すより後輩の子と話たほうが色々教えて貰えそうだった。
「ルールを詳しく教えて貰えると嬉しい。教えてくれる?」
「勿論です。練習中に個人的に話しかけることや、練習中に差し入れをすることは禁止です。選手の出入りを待ち伏せすることもいけません。詳しいことは氷帝アプリの男子テニス部のページに書いてありますよ」
「わかった。後で必ず読むね、ありがとう」
「そういうことだから、帰ってよ」
出待ちと待ち合わせは違う。けれど出待ちっぽく見えることが、結果的にルールを破っているように見えるのは良くない。スマホで侑士を呼び出して、校門のところで待ってると留守電を入れておいた。まだラインを交換していなかったから、あとでアカウントを強奪しよう。
「なんだ、忍足の彼女なの?」
「ヒミツでーす。ばいばい、またね」
「は? しねーよ。特別扱いが自分だけだと思わないでよね」
彼女なんて違うけれど、教えてあげる義理は無い。侑士と話してるを聞いていて険が薄らいだ感じがしたから侑士以外のファンなんだろう。特別扱い、と言っていたから、誰かの『特別』ではあるのかもしれない。
……でも仲良くは出来そうも無いな。
校門の前に立って、ひそひそされながら一番星を見上げた。春の匂いはこちらでも彼方でも変わらない。
「待たせたな」
「お疲れ」
……うわ、私服だとやっぱり大人っぽいな。
グレーのシャツに淡い黄色のネクタイ、ダークグレーのジャケットを羽織った侑士は美しかった。ちょっとドキッとしかけて、いつもより髪の跳ねが大人しいこに気づく。歩きはじめた後ろ姿の濡羽色をひっぱると、整髪剤以前にまだ少し濡れている感じがした。
「急がせちゃったね。ごめん」
「自分パーソナルスペースゼロ距離か。色々不安や。そんなん俺だけにしときや。耐性ない男にやったら勘違いされんで」
「話逸らさないで。春っていっても風邪ひいちゃうよ」
「はは、そんなヤワちゃう」
照れ隠しするみたいに笑った顔がめちゃくちゃ可愛い。わしゃわしゃっと髪を乾かしたときにチラリと見えた手首が、妙にセクシーだ。眼鏡の奥が私に向けられる。やましいことを考えていたのがばれないように笑った。
「怒ってへんやん」
「え、怒る要素がなくない?」
「留守電の声が強ばってたからな」
「出待ちするなって言われたから。待つ場所変えただけだよ」
「ああ、あのナントカルールな。跡部待ちがあんまりに多いから部で作っただけやし。俺を待つ分にはええよ気にせんで」
「それだと侑士が部の決まり破らせてるみたいに見えちゃうでしょ、守るよちゃんと」
駅の向こう側は繁華街だ。学生の姿より大人の姿が多くなって、少しだけほっとする。通行人が多くなった分、侑士との距離が近づいた。
「ふぅん、自分、意外に真面目やね。滝から聞いたで、告ったけどふられたて」
「え、何の話……え? まさかあれ? あれ告白だったの? 出会って1時間くらいしか経ってなかったよ? 『ポッキー1本あげる』みたいな軽さだったよ?」
……嘘でしょ、あんなので付き合っちゃうの昨今の中学生……。
侑士は笑っているけれど、ジェネレーションギャップに衝撃だ。別に滝もそれでどうこう思ってるわけもなく、私と跡部がくっつけば目の保養だと言っていたらしい。
「確かに一理あるで。見た目的にも、自分ほど跡部と釣り合う顔面偏差値会うたことないわ。家柄的にもまあギリ釣り合うやろ」
「やめて! 跡部様はね、お忍びで東京に遊びにきた、ヨーロッパの王室の王位継承権がある妖精みたいな美しい皇女様と、それと知らずに恋に堕ちるの……」
「変なスイッチ入れたか」
そういう、後世まで愛されるロマンティックでドラマチックな恋愛が相応しい方なのだ、と力説する。
「……ガチ勢?」
「ガチ寄りの。侑士に言われてカレンダーも楽曲も著書も買ったしファンクラブにも入った」
「言うてへんそこまでしろとは。人のせいにすんな」
そんなグッズうちに腐るほどある、と言われて、持ってない物を貰える約束を取りつけた。私の幸運を幸せアイスに感謝。たとえ従兄弟に引かれたって構わない。
「それよか大丈夫なん自分。ファンの子たちに絡まれたってことやないか」
「ああ、ルール教えてくれただけだけど、誰かの彼女かな?」
特徴を伝えると、大人しそうな子は二年生で宍戸の彼女、ギャルは三年生で鳳の彼女だということが判明した。ちなみに3回聞き返した。宍戸はまだしも、鳳の趣味が意外過ぎる。彼女はあんな感じでもかなり良いところのお嬢様で、鳳とは小さい頃からの付き合いらしい。それもまた意外だ。
「人は見かけではわからないね……」
「そ、わからんから、自分なら平気やろて思てるけど、わからんしな」
「侑士さ、優しいね。ありがと。まあ、途中編入だしさ、疎外感を感じて寂しいと思うことはあるよ。でももう引き返せないから、なるようになると思ってる」
この世界から疎外感を感じているけれど、それはもう仕方がない。自分で行動して、この世界を自分のものにしていくしか道はない。内心はそういうつもりで言った。けれど改めて口に出してみたら、あまりにも本音だったから声が震えた。カッコ悪い。
「疎外感は疎外感でしか埋められへんよ」
「え?」
「ほら」
侑士が私の左手を取った。と思ったら、硬い指が私の指の間を広げて、ぎゅっと握られた。
……え? ……は?
訳がわからなくって見上げると、悪戯っ子のきらきらした瞳と不敵な笑みが降ってきた。
「世界を疎外する、二人だけの世界」
「え、軽い」
「行くで。チャキチャキ歩く」
「……ふふ。あったかい」
優しさ以外に他意は無いのだろう温かさが心地よい。体温に触れたのは、こちらの世界に来てから初めてだ。なんだか少し楽しくなってきた。
「ありがと侑士」
「カウンセリング料は来週一週間の昼飯でええよ」
「どヤクザかよ」
慌てて手を離そうとしたけれどがっつり掴まれていて離れない。祖父母から潤沢に使える生活費やお小遣いを貰っているから、奢る分には問題ないけれど、侑士が優しいのか傲慢なのかさっぱりわからない。
どうせならもっと搾取してやると思い直し、繋いだ手の先にある腕に寄り添って步いた。
「……ほんま、わからんなぁ自分」
お食事会は楽しいまま終わった。侑士の両親は上品で知的で、そしてとてもユーモラスな方々だった。侑士がこういう子に育つのが納得だ。
「送ってくれなくても大丈夫だよ、うちすぐ近いし」
「あー、な。同じ方向やし」
ご両親は駅でタクシーを拾って別れた。明るい夜道を二人で歩く。社畜にとっては慣れた雰囲気だ。それでも駅を過ぎて住宅街に入ると人気はまばらになるから、中学生といえど隣に誰かが居るのは心強かった。
「楽しかった。ほんとうに素敵なご両親だね」
「別に普通。……繋ぐ?」
小指で小指を引っ掛けられて、なんてことない動作で持ち上げられた。絡まる体温に心がふやけてしまいそうになって、慌てて首を振る。離れて行った指先が既に恋しい。
「いい、癖になると困る」
「また真面目か」
「侑士、彼女居ないの? 居たら嫌がるよ」
「うーん? 彼女って呼べる人は居らん、かな」
……じゃあ何なら居るの……。
気になったけどそこまで突っ込んで聞いていいのかわからなくて黙っておいた。「そういう優しさテロ振り撒いてると勘違いされちゃうよ」と忠告すると、モテ男はなんでもない顔で笑う。
「勘違いされても、俺に気がなきゃなんも始まらん。俺が自分に惚れることは無いから安心しいや」
「こっちだって惚れたりしません」
軽口を叩いているうちにマンションまで着いてしまった。お礼を言おうとして立ち止まると、侑士はパスケースを取り出して私のマンションのエントランスを開けた。意味がわからない。
「え、なんでマスターキー持ってるの?」
「ここが俺んちだから」
「……初めて会ったとき、外から入ってきた風を装ってた?」
「防犯上な。自分がどういう人間かわからんのに自宅を明かすのは危険やん」
「防犯意識高いじゃん……」
……信用されたってことなのか何なのか……まあいいか、ちょっと疲れたな。
侑士はうちより一階下の階に、中学に上がるときに越して来たらしい。聞けば、分譲元は祖父の会社だというからそんなに不思議な話ではない。
幸い明日は土曜日だ。部活には入るつもりはないから、土日はフリーである。お腹はいっぱいだけど、ハーブティーくらい飲みたい気がした。
侑士はエレベーターで自分の階のボタンを押さずに、「遅い時間だから」と私の部屋の前まで着いてきてくれた。扉柵の前で振り返る。
「お茶、飲んでく?」
侑士は笑った。それはそれは、艶やかに。
「それは防犯意識低過ぎやろ。おやすみ、また来週な。昼飯忘れんなや」
「……おやすみ」
ドキドキしてしまって何もいえなかった。
……いやかっこ良すぎでしょうよ。なんか、気持ちがほかほかするな……。
『中央棟のカフェテリア。ベーコンレタスサンドと本日の珈琲』
そんな要件だけのラインが届いたのは授業間の休み時間だった。既読スルーにはしたけれど、カフェテリアがどんな場所か興味はある。そして、食べているときの侑士を観たいという邪神も。
……食事中の侑士ってなんでか妙にセクシーなんだよね。目の保養、保養。
フレンチレストランでの食事会で一番印象的だったのが侑士の食事姿だ。量を食べる割にはおっとりした綺麗な所作なのだけれど、お皿に落とす視線が、揺れるまつ毛が艶やかで、口を開けるときに見える白い歯が生々しくて、たまに髪を耳にかける仕草が色っぽくて、思わずガン見してしまい本人から不審がられた。
……あれを観覧できると思えば一週間のランチくらい安いものかも。
一緒に食べようと小夜を誘ったけれど苦い顔で断られてしまった。前に侑士と何かあったらしい。恋愛関係のいざこざの気しかしないけれど、つっこんで聞くには関係が浅い気がして聞けない。
「あれ、先輩こんにちは。忍足さんなら向こうですよ」
自分の分と命じられた分のランチを買って、さて連絡するかと思っていると後ろから声を掛けられた。鳳長太郎がランチの乗ったトレイをそれぞれ片手に持って立っている。「彼女の手綱をしっかり取りなよ」と言いたい気持ちは、爽やかな微笑みの前で灰と化した。言われるがままに長身のあとに続くと、一番奥のテーブルで侑士が優雅に読書をしていた。テーブルにトレイを両方降ろして、鳳はなんと私のために椅子を引いてくれた。どういう教育をしたらこんな子に育つのだろう。
「ありがとう」
「まあた、色目使って。俺の周りのやつに手ぇ出すなっちゅうてるのに。聞いたで、自分日曜に滝とデートしてたって」
「誰かと会話したいんだもん。滝はコスメ見たいって言ってたし。青春台でケーキ食べてきたの最高だった。今週末は向日と動物園行く」
「や、か、ら、やめろっちゅーの」
髪を引っ張られた手を、力加減せずに引っ叩く。キャラと一対一で遊びに行くことによって解析度めちゃくちゃ高められる、私の推しごとの邪魔はしないでもらいたい。会話の途中で、鳳が微妙な顔をした。私の両親が居ない設定なのは割と知れ渡ってるみたいだから、それだろう。そんな顔しなくても、私の本当の両親は元の世界でとても元気にしている。
「その次の日曜日は俺と遊びませんか。氷帝の周りを案内しますよ」
「嬉しいけど、彼女が妬くんじゃないの」
「カノジョ……? あぁ、彼女」
鳳は朗らかに笑う。侑士が「こいつ、自分の彼女に絡まれてんで」とアシストを入れてくれた。大きな男が小首を傾げる様はアンバランスで妙に可愛い。銀色の髪がふわりと揺れて、意志の強そうな眉が困ったように顰められた。
「彼女、昔から思ったこと何でも言っちゃう性格なんです。何か不快な思いをさせましたか? 代わりに謝ります」
「鳳くんと彼女の印象が結構違うから、最初驚いちゃった。違う方が惹かれたりするのかな」
「俺、男女の付き合いって正直まだよくわかってないんです。彼女は幼なじみで大切な友だちではありますけど」
……いや『友だち』って言っちゃうのかい。
彼女のあの余裕のなさに納得がいく。
「え、滝といいそんな感じなの、付き合うって。今時の中学生は」
「ナニ目線やねん。でもまあ言いたいことはわかる。皇女様との駆け落ちまでいかんくても、ドラマチックでなくてもええ。願わくばたった一人の運命の恋人に出会えたら、きっと最高に幸せなかけがえのない人生になると思うわ」
目を細める顔が優しくて、妙に鼓動が早くなる。人生に一度あるかないかの幸運を推し活のための異世界転生に使った身としては、眩しいばかりだ。
「ふふ、運命の人ってどうやって分かるんですかね。雷が落ちるみたいな衝撃があるんでしょうか」
ともすれば自分の恋愛感を貶されているかのようにも感じられるだろうに、穏やかな後輩は穏やかに笑う。侑士もそれを受けて、またにっこりと笑った。
「びびっとクるってやつな、そういうのもアリかもしれんね。それに逆も。相手の一挙一動が妙に印象的で、その全部が自分に染み込んでいくような感覚も、あったりしてな。出会う前の自分には、もう戻れんような」
……ふわぁぁ、青春だなぁ……。