幸せアイス
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試合形式の練習を終えた面々はそのままダウンジョグを終え、ベンチにある各々のタオルに手を伸ばした。コート脇の桜の木々は今にも綻びそうな蕾をうずうずさせているが、その散り際が呆気ないことも彼らはよく知っている。
腹にそれぞれ思うことを封じたまま、部長である跡部の言葉を待っていた面々だったが、そのうちの一人、鳳がフェンスに寄りかかったまま、惚けた声を上げた。 いつもは穏やかだが真の通った鋭い視線は、夢見心地の甘さを携えて一点に留まったまま動かない。
「どうしたの」
滝は後輩の珍しい態度に素早く反応し、鳳の見つめる方向に目をやった。視線の先にあるものを見てとり小さく笑う。
「あぁ。鳳が好きそうな感じだよね、あの子」
その言葉に、その場の視線が一点に集まった。一人の少女がギャラリーの隅で読書をしている。俯いた顔は目を見張るほど美しい。表情は切なげで、その悲しげに寄せた眉でさえ見るものを惹きつける。 儚げに揺れるブルーのワンピースの裾が、まるで彼女の繊細さを代言しているかのようだ。
「そんなんじゃありませんよ! ただ、なんか映画のワンシーンみたいだなって思って……」
正直な頬がピンク色に染まるのを見て、宍戸は笑った。
「確かにな。いかにもお前が好きそうな感じだ」
「だから! 違いますって!」
「あれが噂の編入生だろ、滝のクラスの」
「お前らいい加減にしろよ。部活はいつ終わったんだ、あぁん?」
雑談は跡部による氷点下の声色で静まり返った。「ダウンも終わったし、もう終わりでいいじゃん」と唇を尖らせる向日に返ってきたのは、指パッチンと不適な笑みだ。
「この俺様が締めずに終われる部活があると思うか、なぁ樺地」
「ウス」
あると思う、とは誰も言わない。跡部のことはプレイヤーとして、部長として敬うべきところはあるし、ツッコミを入れたところで高貴な耳は素通りすることを知っているためだ。「なら締めてくれや部長さん」と、忍足が続きを促すことで、明日の目標が声高に宣言され部活の時間は締められた。
「アイツ、侑士待ってんの?」
「そ、ストーカーされてんねん」
「ははは、お前がそんなタマかよ。呼んでやれば? おーい、練習終わったぞー!」
大袈裟に肩を竦めてみせる忍足を心の底から笑って、向日は噂の彼女に向かって大きく手を振った。本の頁から顔を上げた彼女は、向日を見つけて戸惑ったように笑った。振られる手は華奢で、小さな動作が匂い立つ美しさで、鳳はまた「ほう」と息を一つ吐く。
「こっち来いよ」
組成物は混じり気の一点もない優しさと親切心からくる向日の呼びかけに、ギャラリーの敵意が彼女へと一身に降り注ぐ。忍足はもう一度肩を竦めると、手早く自身の荷物をまとめ始めた。