5話
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フレイルは人が多い場所が大の苦手だった。自分ではほとんど無駄だと感じている顔立ちは他人には大層良く見えるようで、目が合っただけで騒がれた時には心底うんざりしたものだ。しかし贔屓目なしでも見目麗しいユアンやルーナは自分の容姿に無自覚で、明らかに騒がれているのに何が原因か分かっていない節がある。
今日も、生徒たちの視線が集中している場所を辿ればすぐに彼を見つけられた。唯一いつもと異なるのは隣に知り合いの少女を連れていることだ。橙色の真っ直ぐな髪を一つにまとめており顔がよく見える。そのせいでユアンの方を向いた生徒たちが今度は少女に注目していた。どこか居心地悪そうにしている彼女の心境を、フレイルは正確に理解できる気がした。
「午前の講義で一緒だったから連れてきたんだ」
「一緒に食べてもいい?」
「ああ」
彼の素っ気ない反応にもロッタは心底嬉しそうに顔を綻ばせる。フレイルの数少ない友人の中でも彼女は最近知り合ったのだが、彼にしては珍しく拒絶する気にはなれなかった。
目の前で繰り広げられる言葉遣い云々の話し合いに、フレイルは参加する気も起こらずさっさとパンを口に運ぶ。結局彼女もいつもの彼と同じように、ユアンのペースに巻き込まれるのだ。
「そういえば今年の校外学習はマルジュ高原らしいよ」
「近いな」
昼休みも残りわずかになったころ、食事を取り終えたユアンは思い出したことをそのまま口に出した。それにつられてフレイルも素直な感想を口にする。
「マルジュ高原というと、王都の西にある風光明媚って噂の観光地……よね」
「そうそう。加えて珍しい薬草が採れるから観光と授業の両方をするのにぴったりってことなんだ」
生徒たちの親睦を深めるのが目的とはいえ、『学習』と名のつく以上、それらしいことはしなければならないのだろう。
「あそこは神話にも登場するね」
「『マ・ルジュ・ティエラ』のことですか? あっ」
先ほどからロッタの語尾は安定していなかった。歯がゆそうな表情を隠そうともしない。
「僕をルーナだと思えばいいんじゃないかな?」
「そう言われても……」
「続けていればそのうち慣れるよ! 大丈夫!」
フレイルは彼女を見る。なぜ自分が励まされているのか分からないといった表情だ。そしてそれは彼にも覚えのあることだった。
「諦めた方が早いぞ」
「……うん」
「……マルジュ高原にはおまえも行くのか?」
「え、行くんじゃないの?」
フレイルの発言にユアンは鳩が豆鉄砲を食ったような反応をする。しかしよく考えてみれば、聴講生である彼女は生徒の行事に参加する義務も権利もない。残念なことにフレイルの懸念は見事に的中した。ロッタは困ったように彼らを交互に見て首を横に振る。
「残念ながらわたしは留守番なの。受講期間は半年だから学院に出入りすることは出来るけど、校外学習は対象外で」
「ええ……! 一緒の班にならないかなーってこっそり考えてたのに」
本当に残念そうにユアンは眉を下げた。しかしすぐに気を取り直すと、いつも通りの朗らかな笑顔を彼女に向ける。
「それじゃあロッタの分まで楽しんで来ないとね。帰ってきたらどんな感じだったか話すよ」
「はい。お待ちしてます」
「ロッタ! 敬語!」
フレイルは二人のやり取りに目を細めた。ユアンは一瞬で周りの空気を変える力を持っている。対してロッタは他人の感情に静かに寄り添える人間だ。そして彼の頭には今年レングランドに入学した年下の友人のことが思い浮かぶ。彼の周りにはいつの間にか、魅力にあふれた人間が集まっていた。
「あ、昼休み終わっちゃう! フレイル、僕たちの次の授業って着替えて集合じゃなかったけ」
「そうだな。俺は既に着替えた」
彼がブレザーをめくると、中からは武術の講義で使用する制服が見えた。
「ま、まずい……! ちょっと先に行くね」
慌てて立ち去るユアンをロッタは笑顔で見ていた。これが彼女の素顔なのだとしたら、普段彼女を無表情にさせているものは何なのだろうか。フレイルの疑問は喉に刺さった小骨のように心に残った。
しばらくして、彼女も午後の講義のために校庭を立ち去った。彼もまた荷物をまとめ次の集合場所へ移動する。
(だが、それは)
フレイルの頭の中に直感のようなものがひらめいた。
(それは、多分、俺が聞いて答えられるようなものじゃないな)
ユアンやルーナのように天然かつ純粋な人間か、もしくは彼女を彼女自身より深く理解できる人間。きっとそうでないと彼女の深奥に触れることなど出来はしないだろう。それは、フレイルが彼女と似ているからこそ分かることだった。