4話
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誰かに肩を叩かれ、ロッタは目を開いた。すぐに飛び込んでくる大勢の生徒と壇上のリュシオンの姿に、夢うつつだった彼女は意識を覚醒させる。劇場としても使えるように建てられた講堂では新入生の入学を祝う式典が進行中だった。
彼女が本格的に寝入ってしまう前にと肩を叩いた研究員に軽く頭を下げ、作り笑いを浮かべて祝辞を述べる王太子に視線を移す。彼の傍にはジーンが影のように控えている。ほとんどの新入生たちは初めて見たリュシオンに釘付けになり、在校生たちは彼とジーンに羨望の眼差しを送っていた。
(久しぶりに見たわ……。お二人とも多忙を極めていらっしゃるから中々会えなかったけど、お元気そうで何よりね)
時々研究所に様子を見に来るアマリーやユアンたちと違い、学院に所属しながら政務をこなしていた二人とは顔を合わせる機会が極端に少なかった。卒業してからはその接点もなくなり、いよいよ姿を見かけることもなくなったのである。一方的とはいえ実に数カ月ぶりの再会だった。
ネイディアと喧嘩してから数週間後、ロッタは再び王妃に呼び出された。その際に二人は一応の和解をした。ネイディアはロッタが自分の元から去ってしまうのではないかと異常なほど怯えていた。その様子を見ても彼女を責められるほどロッタは非情ではない。しかしぎこちなさはやはり拭えず、以前より格段に訪問が減ったのは紛れもない事実だった。具体的には、研究に打ち込むことで無意識に王宮訪問を避けていたのである。
皮肉にも夏以降エリックの体調は回復し、以前のようにとはいかないが政務にも復帰できる状態になった。その間の数カ月、ネグロ侯爵家を出し抜こうと考えていた貴族たちは、絶好の機会だったにも拘わらず有効な策を練ることが出来なかった。エリックが円滑に元の地位に復帰できたこと、そして侯爵家に対する反対勢力を抑えきれたことは、彼自身の優秀さに加え、敵の鈍さによるところも大きい。
そしてランデンはリュシオンやジーンと同様にレングランド学院を卒業し、無事に魔法師団入りを果たすことができた。これにはロッタもエリックも、屋敷の使用人たちも胸を撫で下ろしたのだった。当の本人は当たり前とでも言うようにすまし顔のままだったが。随分前にどこかで見た光景だった。
長い長い式典がようやく終わるころ、ロッタは生徒たちが動き出す前に講堂を出た。研究員の末席に名を連ねる身としては学院の行事に参加しないわけにはいかなかったが、人が多い場所はいつまで経っても慣れなかった。それは周りの研究員たちも同じようで、式典が終わる気配を見せた瞬間我先にと研究所に戻っていく。三度の飯より研究が好きな人たちだ。式典だとなおさらだろう。
「やあクラリスさん。いい天気だね」
ロッタの後ろから軽い調子の声が聞こえてきた。彼女が振り向く前にその声の主は早足で横に並ぶ。
癖のある栗色の長髪を後ろでまとめ、仕立ての良い服を着こなした細身の男性である。黒い瞳が顔と一緒に細められ、いかにも人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出していた。
「先生もいらっしゃってたんですか。てっきり式典には不参加かと思っていました」
「できればそうしたかったんだけど、ね。私にも避けられないことはあるんだよ」
軽く天を仰いでため息をつく彼に、ロッタは小さく笑みをこぼす。彼女に『先生』と呼ばれた男性は、軽い調子に似合わずレングランドの教師兼研究員なのだ。ロッタも何度か教えを請うたことがあり、彼の本来の優秀さは十分に把握していた。
「久しぶりに外に出たついでに、細かい用事を済ませておこうと思って。そのうちの一つが君の『返答』を聞くことだ」
「……返答といっても、学院長からの提案ですので……」
「まあそうだよね。じゃあ受けるってことでいいかな?」
あけすけなものの言い方だが、不思議と嫌な気はしない。彼女は時間をかけて頷いた。そこに最大限の抵抗を表現しながら。
学院長から『聴講生』の話を聞いたのは数カ月前のことだった。なんでも、最先端の知識が得たいときや一部の授業を受けたいときに、入学試験によって正式に学院に入るのではなく、一定期間、一部の授業のみ生徒たちと同じような扱いを受けられる制度があるそうだ。彼女は随分前から研究所に出入りし、
研究員たちの厚意に甘え、彼女は必要な知識をその都度教えてもらっていたため、学院長の提案は魅力的かつまっとうなものに思える。問題は、少なからず注目を集めることになるということだ。ネグロ侯爵家の災難は多くの貴族にとって記憶に新しい事件である。その子息子女が多く通うレングランド学院でも噂にならないはずはなく、いらぬ詮索をされる恐れがあった。
「不躾な視線は無視する以上に有効な対処法はない。どこ吹く風って顔をして時々笑顔で会釈しとけば万事解決さ」
「笑顔で会釈……」
「こんな感じ」
彼はわざわざ実践して彼女に示した。彼にとっては日常茶飯事だろうが、ロッタにとってはそこそこハードルが高い。知らない人間に自然に笑顔で会釈。今までほとんどやったことがない。しかし――
「ありがとうございます」
色々教えてもらったお礼にと、ロッタは早速実践してみせた。