3話
夢小説設定
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虫や鳥の鳴き声がそこかしこから聞こえる庭園で、小さなガーデンテーブルの周辺だけが時が止まったように静かだった。団らんの時間だからと遠くに控えていた女官たちもその空気を感じ取る。王女が何かを言った瞬間、ネグロ侯爵令嬢の血の気がサッと引いたのだ。
「兄様が、どうなればよかったとおっしゃったのですか」
ロッタは怒りと困惑で震える手でティーカップを置いた。あまりの暴言に空耳かとも思ったが、目の前で顔を真っ青にしているネイディアを見ると、ロッタの聞こえた通りの言葉を言ったようだった。ネイディアは自分の言動が信じられないというように小さな手で口を押さえて震えている。普段のロッタであればその時点で怒りは鎮まり、彼女をなだめようと声を掛けるのだが、今回ばかりはそうではなかった。
『あのまま、彼が目覚めなければよかったのに』
小さく、消え入りそうで、しかしゾッとするほど恨みのこもった声。ネイディアが本心から発していたのは明らかだ。エリックの置かれている状況から考えても冗談で済ませられる発言ではなかった。
「なぜ、そんなことをおっしゃるのですか」
「ち、違うの……。違うわ、これは」
「何が違うのですか」
ロッタの中で困惑は怒りに、怒りは悲しみに変わる。
屋敷に訪ねてくる貴族たちが自分の進退や利害を求めてエリックを心底から心配しなくても彼女は悲しまなかった。王妃が自分の鬱憤を晴らすためだけに彼を引き合いに出して馬鹿にしても少しも心は痛まなかった。しかしネイディアの一言は、この数カ月ロッタが受けてきたどんな言葉よりも耐えがたく、苦しいものだった。
力を抜くと零れ落ちてしまいそうな涙を必死で押しとどめる。ネイディアは初めて見る彼女の悲痛な表情にうろたえたように大きく肩を揺らした。
「どうしてそんなことが言えるのですか」
「あ……」
非難めいた視線を受けてネイディアは言葉を詰まらせる。それは国王や王妃と接したときのようにオドオドと、怯えるような仕草だった。
「いくらネグロ侯爵令嬢とはいえ、王女殿下に対して不敬ですよ」
その様子を呆気に取られて見守っていた女官のうちの一人が、ようやく我に返ってそんな言葉を投げかける。
ロッタの怒りようといい、ネイディアの態度といい、王女に非があるのは明白だったが身分差を考えるとそう注意せざるを得ない。女官たちは誰一人ネイディアの発言を耳にしておらず、この状況を正確に把握できている人間もまたいなかった。
「待って、ロッタ!」
ネイディアの叫びもむなしく、彼女は顔を歪ませその場を走り去る。
バラのアーケードを抜け、奥宮を飛び出し、そのまま中庭を突っ切った。こらえていた涙が風に吹かれて横に流れる。どうしてあんなことを。誰も兄様を心配してはくれない。どうして、どうして。
後悔ばかりが頭を過った。彼女が友達や良き仲間に囲まれてぬくぬくと温室で生きている間、エリックは生死の境をさまよっても心配する人のいない環境で、針のむしろに座る思いをしていたのだ。どうしようもなく居たたまれなかった。
しばらく走った後、彼女は息が出来ずにその場にへたり込んだ。泣きながら走ったせいか肩がけいれんを起こしたように震える。元々人が来ないのか、それとも王宮の端まで来てしまったからなのか、そこには誰もいなかった。しかし彼女は本宮の影に身を寄せるように壁に右肩と頭を付け小さくなって息を整えた。