16話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
エアデルトでの一件以降、彼女には分かっているだけで二つの変化があった。精霊の声が聞こえるようになったことと、魔力の増大である。その原因は思いつく限りでは一つだけ。魔族の攻撃を阻んだ『何か』によるものだ。
ルーナやリュシオンは彼女の魔力が増えたことを肌で感じていた。正確には、彼女の中にあるほとんど空になった魔力の器が、少し埋まったような感覚だ。しかしそれを感じ取れるのはロッタ本人を除くとルーナたちやロドリーゴ卿などの限られた人間だけであり、その他の人間には想像のつかないことだった。ユアンにとっては、目の前の結界が、ロッタの魔力が増えたことを実感する初めての機会だったのである。
「そのことについてはまた今度。早く広間に戻りましょ。ジーン様はどうなさってるの?」
「神官を探すって言ってたよ」
魔物を無事に倒せても、あとには瘴気が残る。それを見越して瘴気を浄化できる神官を探しているのだろう。庭園ではルーナたちが着々とスカーピオムの数を減らしている。ロッタはユアンに視線を移し、わずかに迷った後、ためらいがちに口を開いた。
「ユアン、あとはあなたたちに任せてもいいかしら? エリック兄様の姿を見ていないのが心配で、探しに行きたいの」
彼女の心境を察したように、ユアンは笑顔でうなずく。二人は広間に戻ると、それぞれの目的を果たしに二手に分かれた。
魔物の襲撃により、招待客は皆広間に避難していた。不安げに話し合ったり、呆然と立ちすくんだりしている招待客の合間を移動しながら、ロッタは兄の姿を探す。焦げ茶色の髪というありふれた容姿だけに、遠目から見分けることは難しい。しかし広間の奥、階段の近くにエリックを見つけ、彼女は安堵のため息を零す。
「エリック兄様」
「ああロッタ、無事でよかったよ。殿下たちと一緒にいるから大丈夫だと思っていたのに、どうして一人でいるんだい?」
彼はロッタの姿を認めると、彼女の頭を撫でた後、すぐさま怪訝な顔をする。リュシオン達を非難しているかのような言葉に彼女は慌てて今までのことを説明した。彼らが外でスカーピオムの討伐に関わっていること、ロッタが先ほどまで邸に結界を張っていたことを聞くと、彼は一転して驚きの表情を浮かべる。しかし彼から出てきた言葉は、「そうか」のただ一言だった。
「兄様は? 今までどうしてたの?」
「人垣の後ろの方にいたから早々に避難して、あとは怪我をした人の手当てをしていたんだよ」
「怪我? 何の怪我なの?」
緊張感のないエリックとは対照的に、ロッタは血の気の引いた表情で彼を見る。それがもしスカーピオムによって負ったものなら、すぐに本格的な処置をしなければならない。
「そう身構えなくても大丈夫。人に押されて転んだり、身体を打ったりした人たちだけだよ。それも私が治したから安心していい」
エリックは階段付近に集まる男女に目を向けた。彼らはエリックを見ると、感謝するように礼をする。
「たまには善行もしないとね」
「兄様ったら」
片目を瞑ってすました顔をするエリックに、ロッタが笑いかけたところで、テラスから神官がやってきた。すでに脅威は去り、浄化も滞りなく行われたと説明を受け、ようやく招待客たちは心の平穏を取り戻した。そんな中、広間に現れたルーナたちを見て人々がざわめき出す。
階段前に集まった人々の再三の礼を受け流し、二人はテラスに向かう。
前を向いたエリックはいつもの穏やかな表情に戻っていた。ロッタにさえ分かりにくい、貴族としての顔。
テラスでは怪しい男の尋問が始まる。
「ロッタ、この事件の首謀者に心当たりはあるかい?」
「……あるわ」
「そうだろうね。それじゃあこれから私の言うことも、よく分かるはずだ。――『それでも堂々としていなさい』。出来るかい?」
怪しい男は、アイヴァンの尋問に、徐々に落ち着きをなくしていく。テラスを囲んで何重にも重なる人の波の隙間から、狼狽える王妃の姿が目に入った。
「もちろんよ」
それは彼女自身も聞いたことがないほど硬い声だった。
大きくうなずいた彼を見て、ロッタは一瞬のうちに理解した。エリックは王妃を捨てるのだ。今回、何が起こっても、彼はネグロ侯爵家の関与を否定するだろうし、実際に何もしていない。そして侯爵家に連なる貴族たちは、エリックか王妃か、選択を迫られることだろう。
アイヴァンが男に何かを囁いた瞬間、男は恐怖に顔を青ざめさせる。
「い、言う! なんでも言う!」
突然叫び声をあげて罪の告白をし始めた男に、周囲の招待客は驚きの声をあげた。計画的な犯行をアイヴァンに問われるままに暴露していく。
「では最後に。君を雇ったのは誰だい? この中にいるか?」
男はこの質問に躊躇したような素振りを見せたが、アイヴァンを見て、うつむき、再度また彼を見て、ようやく小さな声で呟いた。
「……陛下だ」
「陛下? まさか、国王陛下とでも?」
わざとらしく驚いて聞き返すアイヴァンにもどかしさを感じたのか、男はタガが外れたかのように、大きな声で叫び出した。
「俺に魔物を放てと言ったのは、王妃陛下だ! そこにいるあの女だ!」
男は、迷うことなく王妃を指さして怒鳴る。その場にいた招待客が、息を呑んで一斉に王妃に注目する中、エリックは冷たい眼差しで王妃を一瞥した。しかし彼女が周囲に怒鳴り散らし始めると、興味をなくしたかのように上の空になる。
王妃は散々罵詈雑言を並べ立てた後、リュシオンに向かって扇を投げつけると、逃げるように踵を返して広間を出て行った。