16話
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リヒトルーチェ家とエストランザ家のお仕着せをきた家人が邸の方から現れる。彼らは両手にそれぞれ絹のクッションを捧げるように持っている。その上には、彫刻が施された木箱があり、中には指輪が入っていた。
ゆっくり、ゆっくりと歩く家人たちが、ようやく赤い絨毯に辿り着き、今度はそれを踏みしめて進む。そして、アーチを囲む生垣の一角に入ったところだった――
突如、後方で赤い光が爆発した。
「うわぁぁぁぁっ!」
一拍を置いて光が収まると同時に、今度は恐怖を帯びた叫びが響く。
「きゃあぁぁっ!」
「逃げろ!」
最初の叫びに呼応するように次々と悲鳴が上がる中、人垣を作っていた人々が一斉に後ずさった。最前列にいたロッタは騒ぎのする方に顔を向け、息を呑んだ。赤い光が放たれた場所に、大量に現れた黒いものたち――魔物だ。
『ラル・イーデ』
呆然と眺めていることしか出来なかったロッタは、ルーナの唱えた<結界>に我に返る。この場には大勢の人間がおり、国の中枢で活躍する重臣も少なくない。負傷者が出たら婚約式に汚点が付くだけでなく、クレセニアにとっても大きな損失になることは目に見えていた。
下位魔法とはいえ、ルーナの魔力によって驚くべき強度を持った<結界>が、近くにいた人々に逃げる時間を与える。
見えない結界という箱に行動を阻まれた魔物は、折り重なるようにして無数に
「皆、落ち着け!」
リュシオンがよく通る声で叫ぶと、逃げまどっていた人々がわずかに冷静になる。皆が恐慌状態になりそうな自分を必死に落ち着かせようとしていた。
「ジーン、ユアン。招待客を広間に誘導して邸全体に結界を張れ」
「わかりました。ですが、殿下もどうか早く避難してください!」
ジーンはリュシオンの指示にうなずきながらも、彼の身を案じて声をあげる。
「いや、あの魔物は護衛だけでは処理できないだろう」
「ならばなおさら! 貴方は今、武器をお持ちではないのですよ!」
「ハッ。俺には魔法がある。それに――」
リュシオンは言葉を切ると、近くにいた護衛の腰に提げてある剣を抜き取った。
「これで武器もある! 文句はないだろう」
「ですが……」
なおも言い募ろうとするジーンに、リュシオンはニヤリと笑って言い返した。
「そんなに心配なら、客の安全を確保した後に手伝いに来い!」
「……わかりました。ですがくれぐれも無茶はなさらないでください」
これ以上問答を繰り返せば危険が増えるだけと判断したのか、ジーンは不承不承うなずいた。その様子を見ていたロッタはユアンとジーンを見据える。
「わたしも手伝います。スカーピオムに近い場所から結界を張っていきますね」
「だけどロッタ、
『魔力が足りないでしょ』と言いかけて、ユアンはハッとした表情で彼女を見た。
「そういえば」
「ええ。だから大丈夫」
「分かった。ユアン、ロッタ、結界は頼む」
ジーンの指示を聞き、ロッタは邸の中に駆けて行った。途中、ルーナが庭園に残っているのが目に入ったが、その場にはリュシオンやカイン、フレイルの姿も見える。これだけ残っていれば安心だろう。ロッタはスカーピオムの討伐を彼らに任せ、自分の役割をこなすことだけを考えた。
窓からルーナたちの戦う様子を見ながら、ロッタは手際よく結界を施していった。スカーピオムに近い場所には中からも外からも接触を阻む上位魔法。遠い場所には外部からのみ接触を阻む中位魔法。ユアンは彼女の反対側から同様に結界を施している。
『ラル・イーデ・セル・カ・ラルド』
彼女がそう唱えた瞬間、見えない<檻>が邸を覆う。
廊下の向こうからユアンがやって来るのを見て、ロッタも彼に駆け寄った。
「広間の方は終わったよ。ロッタも終わったみたいだね」
「ええ。あとはリュシオン様たちが一匹残らず始末できればいいんだけど」
ロッタの言葉にユアンは暗い表情をする。先ほど見た限りでは少なくとも数十匹のスカーピオムがいた。彼らは動きが素早い上に魔物としては体が小さい。一匹でも残れば人に致命傷を負わせる危険が十分にあるが、全て討伐するのは困難を極めると思われた。しかし彼はすぐさま確信したように顔をあげる。
「殿下やルーナがいるし、そう心配する必要はないよ」
「……そうね。そうよね」
「うん! それにしても、魔力が『増えた』って話、やっぱり本当なんだね」
ユアンは廊下の壁や窓をまじまじと見つめる。そこには、中位魔法にしては強度のある結界が隙間なく張られていた。
感心したような彼とは裏腹に、ロッタは複雑な気持ちで自分の手を見た。