15話
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ツェリ子爵家は歴史のある貴族ではないが、クレセニア側のメイデル山脈一帯を領地に持つ地方貴族だ。とはいえほとんどが山岳地帯であり、目立った産業や特産品はない。ネグロ侯爵家の傍流で軍人の家系という特徴を除けば、中央貴族にはそれほど認知されていない存在だといえる。ただ今日の婚約式の主役であるエストランザ伯爵は有力な地方貴族であり、その縁から招待されたらしい。
「エストランザ伯爵とは同年代でしてね。幼いころから何度か交流があるんです」
「そうでしたか。叔父様は、普段は子爵領にいらっしゃるのですか?」
「ええ。エアデルトの国境近くなので主に軍の管理をしています。とはいえ兄弟国と言われるほど良好な関係ですから、名目上に近い仕事ですが」
冗談めかした言葉に、ロッタは笑って否定した。彼の敬語は癖らしく、一見すると堅苦しい印象を与えかねないが、話し方と華やかな容姿でいくらかその雰囲気を和らげていた。楽しそうに話を聞くロッタを、子爵は目を細めて眺める。
「こんなことなら
「おじい様……」
「まだ生きていますよ? 三年ほど前に隠居しましたが。……しかし、アイリスさんがお亡くなりになってからもう十五年以上経っているとは。当時の記憶が蘇るくらい、あなたは彼女に似ています」
懐かしむように子爵は話し出す。ロッタは、子爵が自分を通してアイリスの面影を見ているのだと感じずにはいられなかった。しかしそれを不快に思うことはない。むしろ侯爵家では聞けないようなアイリスの話を、ロッタは積極的に聞きたいくらいなのだ。
そのまま続くと思われた会話は、招かれざる人間によって唐突に終わりを告げた。
「おやおや、誰かと思えば、社交界で知らぬ者はいないネグロ侯爵令嬢ではありませんかな?」
知り合いの間では滅多に使われることのない肩書きで呼ばれ、ロッタは反射的に振り返る。
そこにはシャンパンを片手に薄ら笑いを浮かべる、壮年の男性が立っていた。身なりからして上位貴族のようだ。父親ほど年の離れた男性にいきなり話しかけられ、ロッタは内心動揺しながらも丁寧に礼をする。
「おっしゃる通り、わたくしはネグロ侯爵の娘です。クラリス・ネグロと申します」
不意を突いたにもかかわらず礼を尽くすロッタに、男性は片眉を吊り上げた。その態度から彼がネグロ侯爵家に良い感情を抱いていないのだと理解する。
「デスデイン伯爵だ。噂に違わずお美しいことで。ネグロ侯爵やヴィンセント伯爵も鼻高々でしょう」
「恐れ入ります」
言葉の節々に表れる悪意に、彼女は早々に退散しようと決意した。貴族の世界では良くも悪くも身分がものをいう。特に伯爵以上の上位貴族と、子爵以下の下位貴族では明確な壁があった。そのためここで彼女の立場が悪くなっても、ツェリ子爵に助けを求めることはできないのだ。デスデイン伯爵の元から立ち去るために、彼女は何とか言い訳を作ろうと頭をひねる。
「ヴィンセント伯爵はしばらく王宮に姿をお見せになっていませんでしたが、このような場にはいらっしゃるのですね。さすが伯爵、よく物事を分かっていらっしゃる」
デスデイン伯爵はグラスに口をつけ、ゆっくりと
(兄様に恨みがあるみたいね。これは、引き合わせたらまずいかも……)
何かあれば自分を口実にその場を離れろとエリックから言われていたが、この状況では逆効果になりかねない。返事をしないロッタに伯爵はさらなる追い打ちをかけようと口を開いた。
――しかしここでロッタにも伯爵にも予期せぬ出来事が起きた。
「ネグロ侯爵令嬢ですね。お初にお目にかかります。わたくし、アデル伯爵の妻ですわ」
「私はカーソン子爵の長男、オットー・カーソンと申します」
「バザロフ侯爵の三男、ダール・バザロフです。先ほど広間で目が合いましたよね」
「なんだその陳腐な口説き文句は! 俺は……」
デスデイン伯爵が話しかけたのを皮切りに、近くにいた貴族たちがこぞって彼女に詰め寄る。それがさらに人を呼び、ロッタは多くの貴族に囲まれる形になった。伯爵はすっかり人の渦に飲み込まれ、たちまち消えてしまった。一方のロッタも
「あ、あの、わたし、兄と話が……」
「わたくし、ぜひクラリス様とお話ししてみたいと思っていたんです! お会いできて光栄ですわ!」
「社交界に出た暁には、わが家主催のパーティーにいらっしゃってください」
その場に集まる人間が一度に話すため、すでにまとまりがつかなくなっていた。誰かに押しのけられたのか、側にいたはずのツェリ子爵も、いつの間にか彼女の視界から消えている。広大なリヒトルーチェ邸の庭園で、彼女の周りだけが異常な人口密度だった。一難去ってまた一難。
(誰でもいいから助けて……!)
迂闊には動けない状況に、ロッタは心の中で助けを求めた。