1話
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屋敷と同じく魔道具によって一定の温度に保たれていた馬車を降りると、ロッタの顔を生ぬるい風が撫でていった。今年は冷夏だとはいえ真昼に外に出るのはさすがに暑く、方々から聞こえる虫の声が心なしか活発になっているような気さえする。
彼女はつばの広い帽子を浅くかぶり、目の前のそびえたつ城門を慣れたようにくぐる。城を守る衛兵たちも、案内を仰せつかっている女官たちも同じように慣れた態度だった。去年の秋、豊穣祭以来とはいえ、彼女はやはり『王妃の姪』であり、『賓客』なのだ。
本宮を素通りしアーチ型の渡り廊下を行くと奥宮に辿り着く。七歳のころから何度も通った道を女官に先導されながら彼女は無言で歩く。青い生地に金糸で刺繍が施されたアフタヌーンドレスを身にまとい、うつむくと顔が隠れそうな帽子をかぶっている。日が垂直に差しているので影で表情はうかがえない。
やがて中庭を過ぎ、奥宮のさらに奥の部屋、王妃の自室へ足を運ぶ。女官は部屋の主に声を掛けた後一礼して去っていった。
「よく来たわねロッタ。待っていたわ」
金銀財宝に囲まれた、権力者の部屋を体現したような空間の中心に彼女はゆったりと座っていた。腰を少しばかり横に倒し肘掛けにもたれかかっている。余裕
「この度はお招きいただき光栄の至りに存じます。王妃様におかれましては、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます」
ただ、彼女の口上は身内に告げるものにしては硬かった。元々の無表情と相乗効果を発揮してまるで他人事のように聞こえる。しかし王妃は機嫌を損ねる様子もなく、むしろ悦に入った表情で深々と頭を下げる彼女を見ていた。
「わたくしはもちろん、日々健康に過ごしているわ。だけれど、あなたたちの方は大変そうね。こんな時期に呼び立てて迷惑だったかしら?」
慈悲深そうな言葉も、嫌みにしか聞こえない言い方だった。ロッタは頭を下げたまま否定する。
「ユリウス王太子との婚約がなくなってしまったのは残念だったわね。エアデルトがあのような状況でなければすべてが上手くいっていたでしょうに。可哀そうに」
まったく同情も慰労も感じられない台詞にも、彼女は謝罪と感謝の言葉を述べた。
「再び結婚相手を探すことになるでしょうけど、次はそう上手くはいかないかもしれないわ。上の二人と違って、あなたの母はしがない子爵令嬢。それにエリックはあの状態だし、お兄様の助力も得られないのでは貴族の長男を見繕うのがやっとでしょう。……まあ、それでも母親の身分を思えば大出世といったところかしら?」
だんだん隠す気が無くなってきた悪口の数々を聞き流し、彼女はやはり短く肯定した。
日頃の鬱憤を晴らすかのように、王妃はほとんど一方的に話しかけた。そばで控える女官たちは我関せずといった様子で――そうでなくとも割って入ることなど出来ないのだが、――壁に同化したかのように微動だにせず立っていた。
およそ一時間が経った頃、いい加減悪口にも飽きてきた王妃はさらに腰を倒してソファにもたれかかる。何か反論があれば楽しいのだが、この娘は昔から妙な冷静さを持っている。張り合いがなかった。
「王妃様、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
先ほどまで必要最低限の返事しかしなかった彼女が自ら言葉を発したことに王妃は片眉を吊り上げ、続きを促した。
「王女様にお目にかかることをお許しいただけますか」
その言葉に悪意を削がれた王妃は、あっさり彼女を解放した。