11話
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「おや、お揃いのようだ」
ロッタたちは招待客の中でも遅めに来たらしく、広間や庭園はすでに華やかに着飾った招待客で溢れていた。ロッタは声を上げたエリックの視線の先を辿る。そこにはルーナやユアン、フレイル、リュシオン、ジーンなど、彼女の顔見知りたちが集まっている。フレイルは若干居心地が悪そうだが、彼がルーナやユアンに振り回されがちなのはロッタが一番理解していた。
「今日の主役のご兄弟に挨拶しておかないとね」
人ごみの中で緊張していたロッタの表情が緩むのを見ると、エリックはそう言って彼女に目配せした。彼女は黙ってうなずき、はぐれないよう彼と組んだ腕に力を籠める。
広間のテラス近くまで来ると、リュシオンに遠慮してか人はまばらになっていた。エリックの登場に広間の人間は控えめな視線を送るが、庭園で話に興じている貴族たちはまだ気づく気配がない。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます」
リュシオンはエリックの姿を認めるとそっけなくうなずく。和気あいあいとした雰囲気が二人の微妙な空気によって乾いたものに変わる。しかしエリックはそれを意に介さず、続いてジーンとユアン、ルーナに祝いの言葉を述べた。
「アルデア伯爵、ユアン卿、ルーナレシア嬢、この度はアマリーシェ嬢のご婚約、おめでとうございます」
「ありがとうございます。まさか、ヴィンセント伯爵にお越しいただけるとは思いませんでした」
多くの貴族が一堂に会するため、二人は呼び方を変えて応対した。それだけで胸に一物ありそうな人間同士の会話のようになるのは何故だろう。ロッタは口上をエリックに任せ、軽く会釈するのに留めた。
「ありがとうございます……ヴィンセント伯爵」
一方ユアンは言い慣れないためか、どこかぎこちない。
「エリックでいいよ。ルーナレシア嬢もそれで構わない」
「はい。えっと、それじゃあわたしもルーナと呼んでください」
「分かった。そういえばロッタもそう呼んでいたね」
「ええ」
場がなごんだところで、ロッタは黙って気配を消しているフレイルを見た。ユアンやルーナは豊穣祭の時に自己紹介を済ませているが、フレイルとは初対面である。
「兄様、こちらはフレイル・エクルース。レングランドの……お友達なの。フレイル、こちらは兄のエリック・ネグロよ」
『友達』と言っていいのだろうかと、ロッタは逡巡した。もしこれで『友達になった覚えはない』などと言われたら、少し、いや、だいぶ傷つく。しかしそれはいらぬ心配だった。フレイルはやや緊張した面持ちで頭を下げる。
ネグロ侯爵家といえば、現王妃を輩出した名門貴族。そして彼らの多くが貴族至上主義者である。それは王妃の態度からも分かるし、正直良い噂を聞かなかった。そのためロッタは信用していても、その兄となると十分警戒に値する。彼は少しだけこの場にいたことを後悔した。
「ロッタと仲良くしてくれてありがとう」
しかし思いがけない言葉に、フレイルは目を丸くして頭を上げる。焦げ茶色の瞳が柔らかく細められて彼を見ていた。
「いえ」
驚きからいつもより数段ぶっきらぼうな反応をした彼は、言葉を発した瞬間自分を叱咤する。せっかく友好的な態度で話しかけられたのに、自らふいにしている。そんなフレイルの様子を見て、助け舟を出したのはユアンだった。
「そうだ、エリック様にお会いしたらお尋ねしたいことがあったんです」
「私に?」
「はい。……いえ、というよりは、ランデン様になのですが」
「ランデン兄様に……」
ロッタとエリックは顔を見合わせた。一瞬のうちに二人は確信する。
「弟に代わって、私からお詫びするよ。……それで、被害にあったのはどこの誰かな?」
「その方は謎の失踪とかしてるんじゃない? もしかするとまとまったお金と詫び状を持って出向かないといけないかも」
ランデンと聞いて思い浮かぶことは兄妹同じだった。傷害、脅し、その他諸々、とにかく
申し訳なさ全開になった彼らに困惑したのはユアンの方だった。
「ええっ、どうしてそんな話になるんですか? 僕たち、魔法師団に興味があるんです。ランデン様はすでにご活躍なさっていると聞きました。だからどんな感じか、お話を伺えればなんて、思っていたんですけど」
頭の中で最悪の事態を想定していたロッタは、予想外の展開に言葉を失った。
そういえば、と彼女は思い出す。最近折に触れてユアンからランデンの所在を聞かれていた。ただの世間話だと思っていたがそんなことを考えていたとは。しかしランデンは魔法師団に入ってからというもの、寄宿舎に行ったきりほとんど帰って来なくなった。仲のよさげなリヒトルーチェ公爵家とは違い、ネグロ侯爵家の、特に上の二人は付かず離れずが基本だ。恐らく互いの動向など把握していないし気にしてもいない。
「そもそもランデン兄様って、10分以上座ってることが出来るのかしら」
「レングランドを卒業したくらいだからそれは出来ると思うけどね。でも、人と目が合ったときに攻撃してこない保証はない」
「……えっと」
ユアンは突っ込もうとしたが、どこから突っ込んでいいのか分からなかった。リュシオンとジーンがこの話題に入ろうとしないのが逆に怖い。
「私から、もう少し適任な人を紹介するよ。ランデンは止めておいた方がいい」
「は、はい。わざわざありがとうございます」
「いや、いつも妹がお世話になっているからね。……さて、それじゃあ私は失礼するけど、ロッタはどうする?」
「わたしは……」
彼女は辺りを見渡した。予想していたことだったが知り合いはほとんどいない。
「ロッタは僕たちが預かります」
ユアンがそう言うと、様子を見ていたルーナが何度もうなずく。エリックは彼らを見て、ロッタを見て、最後にリュシオンに一礼して去っていった。彼が庭園に出た途端に、ネグロ侯爵家に連なる貴族や、彼と関わりのある人たちが取り囲むようにして集まる。ロッタは、貴族としての役割を果たしているエリックを初めて見たような気がした。