10話
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四月の晴れ渡る空の下、アマリーの婚約式に参加するため、ロッタはエリックと共にリヒトルーチェ公爵邸へ向かっていた。
彼女は春にふさわしい濃淡の違う薄紫色ドレスを身に纏っている。髪は下ろしているが、ドレスと同じ色のリボンを頭に巻いて横にくくりつけているので、質素な印象は与えない。一方のエリックは黒のフロックコートとズボンに、灰色のベスト。シンプルだが品のいい服装だった。
「アマリーシェ嬢とは豊穣祭の時に会ったきりだけど、もう婚約なんて、時が経つのは早いね」
「本当ね。それにお相手がエストランザ先生って聞いたときは驚いたわ」
二人は滅多に使わない豪華な馬車の中で雑談に興じていた。話題はもちろん、婚約式の主役についてである。
「ロッタはエストランザ伯爵と会ったことがあるのかい?」
「ええ。薬草学の第一人者で、レングランドでいつも研究していらっしゃる方よ。何度か研究所で顔を合わせたことはあるんだけど、普段は研究室に籠っていらっしゃるわ」
「伯爵が求婚したと聞いたが、アマリーシェ嬢とはどうやって出会ったんだ?」
「アマリーさんも薬草学に興味があって、以前から先生の実験室に教えを請いに行ってたのよ。卒業を期に結婚することになったんじゃないかしら?」
卒業や社交界で多忙だったアマリーとは中々話す機会がなかった。しかし招待状を送られる前から、エストランザ伯爵との話は本人から聞いていたのだ。ルーナやアマリーの友達であるダヴィル子爵令嬢の協力によって、互いの思いを確かめられたらしい。
「でも、あのエストランザ先生がって思わずにはいられないのよ。だって先生、わたしと初めて会ったとき何て言ったと思う?」
エリックは小首をかしげて彼女に続きを促す。
「『生徒は立ち入り禁止だよ』って。研究所に通うようになってから何年も経って、しかも研究所内ではすごく噂になってたのに、耳に入ってなかったんですって」
本来、研究所にいる人間は三度の飯より研究が好きな人たちばかりなのだが、彼は群を抜いていた。その類稀なる集中力のおかげで、あの若さにして国からも認められるほどの研究者になることが出来たのかもしれないが。しかしだからこそ、彼と結婚が結びつかないのだ。
「面白い人なんだね。それにエストランザ伯爵家といえば、代々続く地方の名門貴族だ。アマリーシェ嬢はそんなつもりはなかったのかもしれないが、リヒトルーチェ公爵にとっては安心できる相手だろう」
「兄様は伯爵と会ったことはないのね」
「先代とは数度。だけど、今の伯爵は、ロッタが言った通り研究に没頭していて、社交界にも顔を出していないようだからね」
なるほどとロッタはうなずく。エリックは中央貴族として忙しく社交界に出入りしているが、確かにエストランザ伯爵はそんなことに興味はないだろう。
話の流れを切るように、エリックは腰を浮かせて座りなおした。もうそろそろリヒトルーチェ公爵邸につく。今日集まっているのはエリックにとって決して仲のいい貴族たちとは言えない。そしてロッタにとっては見渡す限り敵だらけということも有り得るのだ。
もっとも、彼女は単純にアマリーの婚約を祝いたい一心で参加したのだろう。しかし彼女自身もあと数年で社交界に出る貴族令嬢なのである。今のうちに関係をと望む貴族たちは後を絶たない。
「ロッタ、私はずっと君の側についていることは出来ないけど、困ったら私を呼ぶんだよ。紹介するとか、話があるとか言って、その場を離れてもいいからね」
「兄様、それ、一週間前からずっと言ってるわ」
「心配なんだよ。
平然と彼女たちを隠れ蓑扱いするエリックに、ロッタは思わず苦笑した。
「兄様言ってたじゃない、知り合いはそんなに多くないはずだって。そんなに心配しなくても大丈夫よ」
(……
身内は身内で危険だが、身内でない人間もある意味面倒だ。
「あ、見えてきたわ。……たくさんの馬車ね、しばらく待たないといけないかも」
彼女はエリックの心配をよそに、初めて参加する婚約式に興味津々のようだった。窓から何とかして様子を見ようと頭を動かす。
さすがの手際の良さで、しばらく動かないだろうと思われた馬車の行列は、瞬く間に処理されていった。馬車の扉が開くと、公爵家の護衛や執事たちが一斉に出迎える。玄関ホールには貴族たちに挨拶をするリヒトルーチェ公爵の姿があった。
「公爵閣下、本日はお招きいただきありがとうございます。ご令嬢のご婚約をお祝い申し上げます」
「おめでとうございます、閣下」
「お越しいただき感謝する。庭園で立食パーティーをするので、屋敷の広間をお通り下さい。……アマリーが来たらぜひ声をかけてほしい。君が来るのを楽しみにしていたからね」
アイヴァンは、前半はエリックに、後半はロッタに話しかけた。ヴィンセント伯爵に対する堅苦しい挨拶とは別に、ロッタには娘の友達としてあくまでも柔らかな口調である。
次いでエストランザ前伯爵夫妻にも同様に挨拶をしたあと、二人は案内された通り広間に向かった。