7話
夢小説設定
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ロッタとジーンが去った部屋にしばらくの沈黙が落ちた。彼らが庭園に向かうのを窓から眺め、リュシオンはエリックを見据える。
「わざと、か」
「何がです」
「ネイディアとの仲を裂こうとしただろ」
去年の夏、ロッタがただならぬ様子で王宮を立ち去った後、同じくネイディアがひどく落ち込んでいたという話を人づてに聞いた。そして事実、夏以降、ロッタの王宮訪問はめっきり減ったのだ。
「多少お膳立てはしましたが、王女殿下がどう行動し、どんな発言をなさるかまで操作することはさすがに出来ません」
「それでロッタが悲しむことになってもか」
「……。殿下、一つ申し上げておきましょう」
人の良さそうな顔には不似合いの、冷たい瞳がリュシオンを捉える。本来、政治家としての彼は、受けのいい仮面の下に冷徹な心を持っていた。ネグロ侯爵家の繁栄のためなら王妃も王女も切り捨てる。昨日命を救っても、今日になれば殺しにかかる。エリックはそれができる人間だった。
「悲しむ、程度なら私は嬉々として実行に移すでしょう。しかしそれで済むかどうかはあなた方に掛かっています」
「どういう意味だ」
「信用しています。あなた方がいずれロッタを守ってくださることを。そしてロッタが守られるということは、ネグロ侯爵家も安泰でしょう」
「エリック」
普段よりも数段きつい調子で言葉を発したリュシオンに、真っ向から対峙するようにエリックは彼を見据えた。非難がましい言葉にも少しも動じることはなく、むしろ反応を観察するような、探るような視線だった。
「殿下に、というよりはどこの誰にどう思われても結構です。しかしよく覚えておいてください。あの子から『ネグロ侯爵令嬢』という壁を取り除けば、彼女は床に落ちた砂糖のように数多くの悪意のある人間の
豊穣祭、エアデルト訪問、そしてネグロ侯爵家の一連の騒動によって、彼女の存在は社交界に広く認識されてしまった。彼女が未だに誰にも政治利用されていないのは、彼女自身の用心深さとネグロ侯爵家の肩書きがあればこそ。加えてあの容姿と、公にはなっていないが、精霊と波長の合う体質を持つ。仮に侯爵家が没落したならば、彼女の願う人生とは程遠いものになるであろうことは明らかだった。
リュシオンは押し黙る。国王やリュシオンにとっては邪魔にしかならないネグロ侯爵家を没落させることは、実際不可能なことではない。エリックは文字通り埃一つ出ないが、王妃の悪事は挙げればキリがなく、ネグロ侯爵や前当主が犯した罪もいくつか分かっていた。国王や公爵は今、更なる決定打、致命的な失敗を待っているだけなのである。
「そして、それは私にも出来ませんでした。あの子を、ネグロ侯爵家から引き離した場所で守り続けることは、私にも」
「……」
「先の短い身ですので、あなた方の優しさに頼ります」
ただひたすらに妹を思う、慈愛に溢れた表情だった。ただでさえ白かった顔色が逆光で尚のこと悪く見える。言ったそばから死んでしまうのではないかと思うほど、穏やかで、見方によっては頼りなくも感じられる容貌。リュシオンはそれを眺めて、小さく口を開く。
「……それで? どこからが偽装だ?」
「……」
二人はしばらく無言で相対した。先に目を逸らしたのはエリックだった。
彼は盛大にため息をつく。同時に、彼の雰囲気が見違えるほどに変わる。
「まったく。本当に可愛くない。ジーンもですが殿下も相当ですね。私に『若いっていいなー』って、思わせてほしいものです」
「雰囲気に流されて、『実はいいやつかも』などと思ったら地獄を見るからな。いくら付き合いが短いとはいえそれくらいは分かる」
「それが分かれば十分ですよ。国を動かしている貴族たちの大半は分かっていませんから」
彼の言葉をリュシオンは鼻で笑った。話が一段落したところでと、彼は立ち上がる。どれだけの偽装があろうとエリックがロッタの身を案じているのは事実だ。そして彼女のことに関して、自分たちに置いている信用も本当のことなのだろう。
「ロッタのことはおまえに言われるまでもない。あいつの人柄がおまえに似ても似つかないことは十分わかっているからな」
「まあ、あなた方がロッタと仲良くしているのも、それはそれで気に食わないのですが」
「豊穣祭の時には仲良くしてほしいって言ってただろ」
「限度というものがありますよ。……しかし私は、殿下の方がいいかと思っています。殿下の言葉を借りて言うと『まだマシ』というやつです」
王太子に向けての発言とは思えない言葉にも、リュシオンは特に気にした様子がなかった。むしろ興味深そうに彼の視線の先を追う。窓の外、庭園に続く道を、白い日傘を持ったロッタとジーンが屋敷に向かって歩いている。ロッタが時折見上げては二人で顔を見合わせる姿が、何とも仲良さげな雰囲気を出していた。
「嫉妬か?」
「ええ」
「『ええ』っておまえな……」
「……彼は、私を口実に妹に会いに来るようなところが、父君にそっくりで気に入らないんですよ」