7話
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噴水を囲み、真っ白な道が敷地の外までつながる。広大な庭園をせっせと行き交う使用人たちを、エリックは寝台から飽きずに眺めていた。上半身を起こし、官吏や貴族たちが持ってきた資料を手元に置いて、彼は何を考えているか分からない表情で、ひらすら外を見ていた。
「俺たちを無視して
人払いされていっそう広く見える室内に、青年が二人。かねてから政敵として彼とは立場の相いれないリュシオンとジーンである。リュシオンの皮肉が聞こえてからたっぷり数拍間をおいて、ようやくエリックは窓から顔を離した。穏やかで、見方によっては頼りなさげに見える表情。もちろん二人はそれが見かけ倒しであることを知っている。しかし以前会ったときより少しだけ白くなった肌が、彼の偽装をすり抜けるようだった。容体は確実に悪くなっている。
「私が倒れてから一年以上経って見舞いに来る方に言われたくないのですが」
「なんだ? もっと早く来てほしかったのか?」
「ご冗談を」
からかうような口調のリュシオンに対し、エリックはそっけなかった。その気になればいくらでも相手に合わせられる彼がここまでつれない態度をとるとは、余程この面会に意味を見出していないのだろう。椅子と紅茶は用意されているがティーポットが無いのがその証拠だ。
「遅くなってしまい申し訳ありませんでした。しかし、――『お加減いかがでしょうか』」
「……。良好だよ。見てのとおり」
「見てのとおり、か。どう見てもそうは見えないがな」
「それも計算通りです。知って驚かれるでしょうが、実は私、偽装工作が得意でして。今日は政務に励まなければなりませんので、早々にお引き取りいただけると幸いです」
子供を諭すような態度で淡々と言い放つ。裏も表もなく意味は一つ。『とっとと帰れ』である。
「そうおっしゃると思い一応用件も用意してきました。一年前にエアデルトで可決された、トーレス街道の税金についての話です」
ジーンは持ってきた資料をエリックに手渡す。
ユリウス王太子とロッタの婚約解消を受け、エアデルト王室はネグロ侯爵家に間接的な経済的賠償を行った。ネグロ侯爵領とも密接に関係するトーレス街道の通行料を引き下げることで民の移動を操作したのだ。それはネグロ侯爵家、つまりエリックとエアデルト国王との話し合いによって決まったことだが、当然公にはなっていない。表向きにはセリオン以西の発展を支えるためということになっている。
ネグロ侯爵家の権力拡大を何としてでも食い止めたい貴族たちは、エアデルトの事情とはいえ無視するわけにはいかない。一年の嘆願の末、二つの街道の料金問題がようやく両国の議題に上ることになった。
「概要は伝わっていましたが、わざわざ嘆願書の詳細を持って来ていただけるとは」
「これくらいは持って行かないと最悪門前払いだと思ったので」
束になった資料の一部を流し読みした後、エリックはジーンの真意を測るように一瞥した。
静かに火花が散っている二人に割って入るようにリュシオンは軽く咳払いをする。今日は本当に見舞いに来たのだ。喧嘩を吹っ掛けに来たのではない。
「とにかく『お大事に』。俺たちはもう帰る」
「お優しいですね」
「……ランデンよりはマシだ。ネグロ侯爵よりはもっとマシだ。それが理由だ」
「そうですか」
閉め切った部屋に生けたバラの匂いが充満する。
そのとき、廊下の奥から誰かが近付く気配がした。彼の部屋に近付く可能性のある使用人たちには、立ち入り禁止を言付けている。エリックは持っていた資料を近くの引き出しにしまい、二人に今日一番の笑顔を向け、「秘密ですよ」と言った。彼らが意味を理解する前に扉を叩く音が控え目に響く。
「兄様、ロッタよ」
二人にとってはしばらく聞いていない声がドアの向こうで聞こえた。実に、半年ぶりだった。エリックが返事をすると、普段より少しめかしこんだロッタが姿を現した。エリックに向けていた笑顔が、客人を認識すると驚きの表情に変わる。
「リュ、……殿下、ジーン様にご挨拶申し上げます。どうしてこちらに?」
彼女は寝台のエリックと、その側の椅子に腰かける彼らを交互に見た。さてどう言おうかとリュシオンが考えを巡らせている間にエリックが口を開く。
「殿下とジーンが私の見舞いに来てくださってね。三人で雑談していたところだったんだよ」
「見舞い?」
「ああ。私のことを心配してくださったようで。……殿下、ジーン、どうもありがとうございました」
軽く頭を下げる彼に二人は微妙な心境を顔に出さないよう努力した。ロッタの前では何があっても善良な人間でありたいらしい。
「それはそうと、エリック殿に話があったんじゃないか?」
「ええ。ですがお取込み中なら出直します」
「いや、俺たちはもう帰ろうと思っていたところだ」
「大したことじゃないんです。ただ、いい天気だから散歩でもと思っただけで……」
その一言だけで、二人にはエリックが彼女にどれだけ多くのことを隠しているかが分かった。同時に、彼が何を秘密にしてほしいのかも。
「すごく魅力的な誘いだけど、今日はやらなければならない事が多くてね。……お二人が行ってらっしゃってはいかがですか?」
「俺たちか? 俺は遠慮しておこう。ジーン、おまえだけで行ってこい。前回来た時に庭園を案内してもらう約束をしていただろう」
「そうですね。ロッタがいいのなら案内してもらおうかな」
「ええ、もちろん構いません」
話はとんとん拍子に進んでいき、最後はジーンに後押しされる形で彼女は部屋を出て行った。エリックは後ろ髪を引かれるような彼女を笑顔で見送る。リュシオンには彼女の心配が手に取るように分かった。一度過労で倒れた兄が自分の前ではいつも通りの振る舞いを崩さないとしたら、神経質にもなるというものだ。