20話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
エアデルトの図書館で、二人の男女が雑談に興じていた。辺りには人が誰もおらず、図書館はほとんど二人の独占状態だった。話題は『将軍と
「今から40年ほど前、ヴィントス皇国が周辺国に侵攻したのは知っているかい? エアデルトはクレセニアや周りの小国と団結して皇国の暴挙を食い止めた。しかし一度だけ包囲網が破られそうになったことがあったんだよ」
「それは、エアデルトがヴィントスに侵攻されそうになったということですか?」
「ああ。エアデルトに攻め入るためには、リカール王国を抜けるしか道はないはずだった。エアデルトに向かう最短距離である、エルフェナの森を通る道は余りにも危険だからだ。しかしその隙をつかれた。追いつめられたヴィントス兵たちは命を捨てる覚悟で森を抜け、エアデルトの最南端に到達した」
ロッタはゴクリと唾をのむ。リカールに兵士を集中させている状態では、国内の態勢を整えるのに早くても一週間はかかるだろう。40年前ならもう少し長くても不思議ではない。
「想像がつくだろうが、エアデルト国内に当時残っていたのは王都周辺の精鋭たちを除けばほんの僅かの、戦争経験に乏しい兵士だけだ。そして南部の山岳地帯を抜けると障害はほぼない。だからリカールの守りを固めていたんだが、裏目に出たというわけだ」
エアデルトは残念ながら南の山岳地帯を除けば王都まで平地が広がっている。決死の覚悟で挑んだヴィントス兵にとってはこの上なく攻めやすい地形だ。
「そのとき少数の兵士を連れて、山岳地帯で10日間ヴィントス兵を足止めしたのが、当時名もない騎士階級の兵士だったブライト将軍だよ。彼の故郷はメイデル山脈の麓、レゼア湖の近くで、ノブレス・オブリージュの一環として派遣された一司令官だった。しかし負け戦だと悟ると尻尾を巻いて逃げ出した他の貴族たちとは裏腹に、地の利を生かした戦術で見事に持ちこたえたというわけだ」
語っているうちに熱が入っていたようだ。王太子はブライト将軍がどんな戦法で敵を足止めしたかを、一つ二つの例を交えながらロッタに話した。何度も伝え聞いたり書物で読んだりしたのだろう。彼は当時どれほどの戦力差があったかなど、非常に細かいところまで知っていた。ロッタは何だか話題がそれているような気がしながらも、楽しそうに話す王太子と内容の面白さに、すっかり世界観にのめりこむ。
「……というわけで、彼は『救国の騎士』として国中に名を馳せることになった。事態が収拾したのち、当時の国王、つまり私の祖父から伯爵位を賜った。それは元々レゼア湖から取られてレゼア伯爵だったが、彼に敬意を表する意味でブライト伯爵位と名を改めたんだ」
「それほど有名な方だったんですね。しかしわたくしがクレセニアで学んだ時には、ブライト伯爵という方はいらっしゃいませんでした。ご子息が生まれなかったのですか?」
騎士階級というのは貴族とは違い多種多様な人間がその名を冠している。貴族に匹敵するような財力と権力を持つ家もあれば、平民と遜色ない家もあった。ブライト将軍の実家は後者だったようである。そのため彼に子供がいなければ、立派に貴族位を継げるような親類はいないだろうとロッタは予想した。彼女の言葉に王太子は当初の話を思い出した。そういえば、ここからが本題なのだった。
「彼には両親以外の血縁がいなかった。わが国では子女しかいない場合は女伯爵も認められているから、ブライト将軍に子供が一人でもいれば存続するはずだったんだけどね」
実利主義を重んじるエアデルトならではの発想だった。女性が爵位を継げるというのは、長男の世襲制が基本のクレセニアでは受け入れられにくい制度だろう。しかしそれなら尚更ブライト伯爵家は続いている可能性が高いはずだ。ロッタは話の続きを待つ。
「しかし将軍は一生独身だった。生涯誰とも結婚せず、誰も愛さなかったと言われている。だから人々はこう言った、『将軍は下級女神に心を売った』とね」
「そこで、出てくるんですね」
思わぬ話題の転換に正直な感想を口にした。彼は動揺を露にする彼女に微笑を浮かべる。
「精霊が身近な国民性だからね。彼女たちももれなく身近に感じられているんだよ」
「なるほど……。エアデルトでは、下級女神は人の心を取る存在として伝わっているんですか?」
「いや、正確に言うと少し事情は異なる。彼女たちはね、人に恋をするし、人に力を与えもする。特に勇者や賢者は彼女たちに好かれやすい存在だ。だけど、何でも
呪いにかかって死ぬ……。ご婦人の噂話も真っ青な展開である。ロッタは何から突っ込んでいいか、というより突っ込んでいいのか自体を真剣に考える。しかし王太子が直々にこんな話をしてくれているのだから、聞いておかないと損なのかもしれない。
「つまり、ブライト将軍は、その、あまりにも女性に興味がなかったから、下級女神と恋におちたせいで、人間の女性を愛せないのだと噂されたということですよね……?」
「その通り。おとぎ話みたいで面白いだろう?」
(……まあ、そうですね)
むしろ『救国の騎士』をゴシップに使うところが面白い。将軍は『喉元過ぎれば熱さを忘れる』という言葉が頭を過ったはずである。
「その真偽はともかくとして、彼女たちは絶対に存在するはずだとこの国の民は思っているんだよ。精霊がほとんどの人間に認識できないように、下級女神たちも人の前には滅多に姿を見せないことで有名だけどね」
ロッタはロブロアの森での出来事を思い出す。真っ青な髪に真っ赤な瞳。この世のものとは思えない整い過ぎた美貌。彼女が下級女神というのなら、確かに人間の女性には一生恋ができないかもしれない。しかしロッタはふと別の疑問が頭を過って、思考から離れて王太子を見た。
「そういえば、現在のブライト伯爵領は誰が治めているのですか?」