2話
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王太子襲撃の一件は夜の間に
女官や侍女たちは非常事態について自らが得た情報を持ち合い、興味と不安を織り交ぜた心境を共有し合うのだった。噂話の一部は誇張され、あるいは真実でない事柄が伝わっていたが、それでも彼女たちの情報収集能力は目を瞠るものがある。リュシオン達とは違い正規の情報を得られないロッタにとっては手っ取り早く現状を知る手段となった。
室内にはロッタの他にもう一人しかいなかった。世話係の筆頭、侍女頭のフィーネである。彼女はダークブロンドの髪をうなじのすぐ上で一つにまとめ、糸で吊ったように背筋が伸びている。灰色の瞳と長いまつげが魅力的な、二十代後半の女性だ。彼女にじっと見つめられて指示を出されたら、思わず従ってしまうのも分かる気がする。
昨日といい今日といい、事件が起こる前の穏やかで気立ての良さそうな表情からは想像もつかないほど動きが素早く、彼女のギャップには驚かされてばかりだった。『能ある鷹は爪を隠す』ということなのかもしれない。
「……どうやら、どんな傷や病も癒す秘薬がエアデルトの秘境にあるとか。それを例の男爵令嬢が、自らの嫌疑を晴らすために取りに行かれるようです」
「ルーナが……」
「お知り合いでしたか」
「ええ。秘薬の話は初耳だけど、わざわざ幼い彼女を行かせるのには理由がありそうね」
ルーナはマティス卿の令嬢ということになっている。本来ならば侯爵令嬢であるロッタと知り合いなのはおかしいが、今回の旅が少人数だったのが幸いした。道中で仲良くなったと言っても全く違和感がない。
「王妃陛下直々のご命令だそうで、準備が整い次第すぐにでも出発するそうです」
(王妃陛下……。王太子殿下が重体になってしまった以上、彼女を止められる人間は誰もいない。立場で守られているリュシオン様やジーン様と違って、今のルーナ様は身を守る術がないということね)
そうでなければあの二人がルーナを危険な旅に行かせるはずがない。権力は時に魔物や盗賊よりも執念深く命を搾り取るのである。ルーナはともかくリュシオンとジーンはそれを嫌というほど分かっているのだろう。
「出発前にルーナに会いに行くことはできるかしら?」
ロッタは未だに宮中を自由に出歩けなかった。警戒されているというよりは、捨て置かれている気がしてならない。しかし無駄に派手な行動をして王妃の意識を自分に向けさせるのも避けたい状況である。フィーネは彼女の心中を察したように、「急ぎお伺いを立てます」と言って、外にいた侍女に指示を出した。
再び部屋に戻ってきたフィーネをロッタはまじまじと見つめる。彼女は王太子が選んだという点を差し引いても特筆すべき優秀さを持っていた。状況判断が的確で行動力もあり、何があっても冷静さを失わない。
「……いかがなさいましたか?」
「あなたは、どうしてわたしにこんなにも協力的なの?」
フィーネは一瞬驚いた表情をロッタに向けた。しかしやはり落ち着いた態度で、丁寧に言葉を発する。
「今の宮中は、お嬢様にとって命の危険と隣り合わせの場所でございます。一時とはいえお嬢様に仕える身として、主の危機を黙って見ているわけには参りません」
彼女はさも当然のように言ったが、それがどれほど難しいことなのかロッタには分かっていた。かつて自らが仕えていた主人を思い浮かべる。今では『クズ』としか評せない若旦那や、彼女を嫉妬のはけ口にした若奥様、二番目に仕えた成金の主人。きっとロッタが前世で彼らの危機に直面しても、フィーネのように自分から協力的であろうとすることはなかっただろう。
「ありがとう、フィーネ」
「……いえ、礼をおっしゃる必要はございません」
「いいえ、あるわ」
いつになく強い口調で言い切ったロッタにフィーネは薄茶色の瞳を覗いた。
「あなたたちの献身を、きっとわたし忘れません。やってもらって当然なんてことは一つもないのよ。だから、ありがとう。だけどもし危険を感じたら、深追いはしないようにしてちょうだいね」
この少女に侍女たちの苦しみが分かっているはずなどなかった。何と言っても彼女は侯爵令嬢なのだ。しかし、フィーネにはなぜか彼女の向ける感情が同情だけだとは思えなかった。そこには何かに裏打ちされた確信が籠っているような気がした。
「かしこまりました。お嬢様も、あまり緊張なさらずに、休めるときにお休みください」
フィーネは灰色の瞳を細め、笑みを浮かべて彼女を見た。いよいよ、目の前のご令嬢を王妃に害させたくなくなったのである。