16話
夢小説設定
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ハルヴァー伯爵は先代国王の片腕と言われ、一線を退いた今でもエアデルトに多大な影響力を持つ人物だ。ロッタは老年の男性を前にして、心の中では若干怯みながらも表向きは平然としてこれまでのいきさつを話した。それなりに訝しまれることを覚悟していた彼女だったが、事前にリュシオンから連絡が入ったらしく、彼女が屋敷に到着すると使用人に若干食い気味で『ネグロ侯爵令嬢ですか!?』と尋ねられたのだった。
話が進むにつれ、伯爵は顔中の皺を寄せて険しい表情になっていった。庶子を巡る騒動があったときにはまだ政治に携わっていたようで、主犯にはやはり、王妃を思い浮かべているようだった。彼女は事態を
「大体のことは把握した。もちろん、あなた方に協力しよう。ただし一つだけ。時間がないから簡潔に尋ねる」
「何でしょう」
「なぜ、そうまでしてエアデルトに協力するのですかな?」
伯爵は探るように彼女を見た。厳しく険しい表情。しかしロッタは刺すような視線を受けても彼が怖いとは思わなかった。
王太子の婚約者だからとか、両国の良好な関係のためとか、さらに言えば民のためと言うこともできるだろう。しかしきっとそうではない。それもあるが、危険を承知で彼女を突き動かすのはそんな複雑な話からではないのだ。エアデルトに来て出会った様々な人の顔が思い浮かぶ。良い出会いも悪い出会いもそれなりにあったけれど。
「きっと、わたくしに出来ることがあるからです」
「……」
「エアデルトの窮状を理解して、それに対抗する策が思い浮かびました。動ける人間はごく僅か。事態は予断を許さない状況です。……それなら、わたくしが行動を起こします。わたくしにはそれが出来るからです」
本当に単純な思考回路過ぎて話すのも恥ずかしいほどだった。リュシオンたちはもっと様々なことを考えているだろうし、エリックに至っては何もかも分かっているのかもしれない。ただ、ロッタには分からない。自分の出来ることしか分からないのだ。彼女は再び伯爵を見た。彼はかすかに目を細めていた。
「それなら、儂も出来ることをしなければなりませんな。全力で王城に向かい、オリバレス子爵一行と合流しますのでご令嬢は安心して戻られよ。貴女が王城に着くころには一件落着しているでしょう」
彼女が乗っていた馬を借りて、ハルヴァー伯爵は王城に向かった。伯爵の屋敷にあった馬が馬車用のものばかりだったからだ。ロッタは小さくなった伯爵の後ろ姿を見届け、彼が代わりに用意した馬車に乗り込んだ。これでやることが済んだと思うと、途端に身体から力が抜ける。しかし疲労を訴えている身体とは裏腹に意識ははっきりしていた。彼女が過ごしてきた十四年の歳月の中でこれほど色濃い十日間はない。
(あとは、ルーナ様の
馬から見る景色に慣れていたからか、普段乗り慣れているはずの馬車から見るそれはやけに低く遅く感じられた。ロッタは御者に急ぐよう言いつけずにはいられなかった。
――何かがおかしい。
この数週間、何度も頭を過った言葉が再び彼女を支配する。
王城に向かうにつれて瘴気が濃くなっている気がする。彼女が約十日前に王城を出た時とは比べ物にならないほどの嫌な気配が城のあちこちから漂ってくるのだ。そしてそれが一番濃いように感じるのはリラの泉の方だった。
エアデルトの王族が住まう城だというのに、正門の見張りは最低限しかいなかった。御者もそれには不信感を募らせ、「少しお待ちください」と言って、近くにいた兵士に声を掛ける。
「こちらの馬車にはハルヴァー伯爵のお客人が乗っていらっしゃいます」
「ああ。伯爵の馬車が来たら必ずお通しするようにと聞いている。だが、今は城内に入らない方がいいかもしれない」
「なぜでしょうか?」
御者は本当に分からないといった様子で首をかしげる。王城から発せられる瘴気を感じ取っているのはこの場ではロッタだけだった。
彼女は彼らの会話に入ろうと馬車の小窓から顔を出す。
「王城内で何が起こっているのですか?」
「……我々にも分からぬのです。ただ、リラの泉で男の身体が変形したとのみ報告を受けております。賊は王妃陛下を伴いリラの泉の方へ逃走中だったとのこと。現在はリュシオン王太子殿下をはじめとする皆様が対処なさっていらっしゃいます」
兵士は御者への態度から一転、緊張した面持ちで報告した。
リュシオンが出てくるということは、十中八九魔法関連の対処が必要だということだろう。加えて男の身体が変形したという奇怪な報告。もしかすると、信じられないことだが、人間が魔物化したのかもしれない。
「お嬢様、どうなさいますか?」
御者はすっかり彼女の判断にゆだねることにしたようだった。彼女は小窓から頭を引き馬車から降りる。
「ここまででいいわ。あなたは伯爵邸に帰って」
「リラの泉においでになるのでしたら、もう少し乗って行かれたほうがいいのでは?」
引き留めるような彼の言葉に、ロッタは首を横に振る。そして礼を言うとリラの泉へ走っていったのだった。