12話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「というわけで、今日からここに泊まることになったの」
「そんなに軽くおっしゃらないでくださいよ……」
何だか外が騒がしいと思って出てきてみれば、王城からの馬車が宿の前に止まっていた。そこから現れたのはエリックからくれぐれもと託されたご令嬢。ミゲルが慌てふためくのも無理はない。
「何か問題を起こして追い出されたのではないかと心配いたしました」
「……」
ロッタは彼の様子をうかがった。冗談で言ったのではないようだ。彼女はここになってようやく、ミゲルの中での彼女が問題児として扱われていることを知る。呆れた視線を浴びながら心の中でこっそり肩を落とす。しかしこれから問題行動をしようとしている分際で、訂正はできなかった。
事件から一晩しか経っていなかったが、リュシオンたちは迅速に対応したようだった。彼女が荷造りをして短い眠りから覚める頃には、すでに王城を出る話が侍女たちにまで伝わっていたのである。
朝食を食べ、ニール侯爵の謝罪を受けたのち、ロッタは王城を立ち去った。多くの侍女が悲しそうにしている中、フィーネだけは心配そうな表情で見送っていたのを思い出す。彼女にはいつも考えていることを見破られている気がする。
「エリック兄様と連絡したいの。わたしが預けた
ミゲルは緑色の瞳を丸くしたがすぐその意図に思い当たる。静かにうなずくと自室に行き、小さな箱を持って戻ってきた。それは彼女のピアス型魔道具が入った箱だった。
王城内では特別な場合を除き、外部と連絡を取ることは禁止されている。それに従って彼女も、一時的に<遠話>の魔道具をミゲルに預けていた。しかし王城を出た以上現状を相談しない手はない。ミゲルは彼女が何を話すのか分かっているのだろう。眼鏡からのぞく緑の瞳が、探るように彼女を見る。
ロッタは逃げるように彼の元を去り、用意された部屋に入る。自分の身の振り方はもう決めた。これから何が起ころうと言い訳はしない。これはわたしの決断だ。
エリックはまるで予想していたかのようにロッタの話を受け止めた。いつものあっさりとした穏やかな態度に肩透かしを食らった気分だ。魔道具の向こうで彼がどんな表情をしているのか、ロッタには容易に想像できた。どこまでも彼女に甘い兄だった。
その後、エリックはミゲルと話がしたいと言った。彼女の決断に伴って話し合わなければならない項目が増えたのだろう。ロッタの部屋で、しかも彼女の魔道具で、二人は長時間話しているようだった。
彼女は宿中をあてもなく歩く。自室が使えない以上そうするしかなかった。宿はクレセニアからの来賓を迎えるのに十分なほど大きく、その分見て回るところがたくさんあった。入り口に来ると、宿の主人が彼女のもとへ駆け寄る。
「お嬢様、この荷物はどこへ置きましょうか」
おずおずと申し訳なさそうに言葉を発する宿の主人に、ロッタはやっと彼女の荷物がまだ部屋に運び込まれていないことに気が付いた。
「大きな荷物と、小さな荷物があるわよね?」
「ええ」
「大きな荷物は、申し訳ないけれど、わたしの部屋が空くまで扉の前に置いておいてもらえないかしら? 中から男性が出てくるはずだから、彼に預けてもらえばそれでいいわ」
朝から面倒をかけてごめんなさいね。ロッタが心底申し訳なさそうに言うと、主人は首が取れそうなくらい横に振った。貴族にこれほど丁寧な態度を取られたのは初めてである。
「小さい荷物はいかがいたしましょう」
「それは、わたしが持つわ」
腕に抱えられるほどの荷物だった。何だか旅支度みたいだなと心の端で思いながら、主人は素直にそれを渡す。
「ご主人にお聞きしたいことがあるの」
「は、はい。何なりとお聞きください」
「ここ、馬屋はある?」
ご令嬢から出てきたとは思えない言葉に、主人は頭が真っ白になった。
うまや……うま、……馬屋!?
「ございますが、どうして……?」
「あるのね?」
そのときの彼女の顔を主人は一生忘れることはなかった。あんなに純粋な笑顔を見たのは初めてである。特に、『馬屋』があることを喜ばれたのは、後にも先にもこの一度きりだった。
彼女は馬に揺られながらつい昔のことを思い出していた。エリックは昔から彼女を目に入れても痛くないほど可愛がっていたが、六、七歳離れているためか『面倒を見られている』という思いの方が強かった。一方比較的年齢が近く、加えて性格が子供っぽいランデンにはいじめのような遊びのような雑な扱いを度々されたものである。
中々酷い目に遭ってきたと自負している彼女だったが、今回ばかりはランデンに感謝していた。豊穣祭後彼は何を思ったのか、ロッタを外に連れ出すことが多くなった。とはいえレングランドに通っている以上少ない時間しか割けないのは否めない。そこでまず教えられたのが……。
ロッタはそこで顔を上げた。目の前には街道。道に沿って行けば、およそ三日で
「まさか、オリバレス子爵と庶子の関係を調べるために、領地に行こうとしているとは思わなかったよ」
彼女は勢いよく振り返る。そこには彼女と同じく馬に乗ったジーンがいた。彼は普段は見せない険しい顔をしながらも、どこか呆れたような、諦めるような表情で彼女を見る。
「ちゃんと乗馬服まで借りているあたり、結構手馴れてるようで怖いな」
「どうして、ここに」
「それはこちらの台詞だが。……君を一人で行かせるわけにはいかない」
多くの人間と同じようにジーンもまた怒っているのだろう。しかし彼女も自分が殺されかけて黙っていられるほど人間ができていないのだ。ロッタはこちらを咎める視線から目を逸らさず睨み返した。手綱を強く握りしめる。