10話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
ロッタは身支度を整えられながら考えていた。雰囲気からして彼女を襲った男は、<傀儡>の魔法に掛かっていたのだろう。あのときは自分の身を守るので必死だったため熟考する時間はなかったが、思い出してみると動きがどうみても不自然だ。彼を操っていたのはどこからか聞こえてきた声の主で間違いない。平原で聞いた声と同じだった。
「わたし、やっぱり自分で確かめないと気が済まないみたい」
彼女の後ろでドレスの紐を閉めていたフィーネは、その言葉に一瞬動きを止める。一方周りの侍女たちは何の話なのかと首をかしげている。
「少し手を貸してくれないかしら」
「それがお嬢様のためになるのなら、喜んでお手伝いさせていただきます。しかしお嬢様にとって危険なことなら、わたくしは全力でお止めしなければなりません」
フィーネはあくまでも冷静に反応した。例えロッタの意に反したとしても彼女を守りたい。それは周りの侍女たちも同じだった。ロッタは彼女たちの決意に満ちた瞳を眺め、困ったように微笑んだ。そしてフィーネがドレスを結び終わると、すぐに彼女の方を振り返る。
「とにかく、殿下たちにお会いして話をしてくるわ。あなたたちは部屋の外で待っていて」
先ほどまでの不安な表情は今はもう感じ取れない。ただ真っ直ぐに薄茶色の瞳がフィーネを捉える。彼女はロッタが自分たち以上に決意を固めてしまったのだと察した。
「かしこまりました」
こうなってしまったら、きっとお嬢様を止められる人間はあの二人を除いて他にいないだろう。
部屋に入ってきた彼女を見た瞬間、ジーンは何故かエリックを思い出した。豊穣祭の誘拐事件のあと、父とリュシオンを加えた四人で話したあのときである。父はクレセニアの宰相として、またリヒトルーチェ公爵として政治に多大な影響を及ぼしている。その父に向かって彼は、ランデンとロッタに手を出すなと牽制したのだ。
あのときのエリックはまっすぐに父を見ていた。掛け値なしに、本音で話をしていた。それに気づいたのは自分が政治に関わりだしてから。まったく本音を明かさない彼のやり方に、豊穣祭のあの発言がいかに貴重だったのかを思い知った。
(何だかんだ言って似ているな……)
ロッタの薄茶色の瞳は、エリックやランデンのこげ茶色の瞳とはまったく似通っていない。顔立ちも性格もまるで違うと思っていたのに。あのときのエリックや、そういえば普段のランデンも、こんな目をして彼を見る。
「リュシオン様、ジーン様、先ほどの件について、そして一連の事件についてのわたくしの見解を申し上げてもよろしいですか」
それは疑問ではなく確認だった。リュシオンは険しい表情で彼女を見る。しかしジーンは予想していたとでも言うように至って平然としている。
これ以上黙って部屋で縮こまっているわけにはいかない。ここには助けてくれる兄たちはいないのだ。それにもうそろそろ独り立ちの時期ではないか。つらつらと誰に向けてなのかよく分からない言い訳を並べながら、ロッタはリュシオンを見る目に力をこめる。やがてリュシオンは諦めたように視線を逸らし、部屋に結界を張り巡らせた。言えということだった。
「この事件は二つの思惑が絡み合っています。それは国王の病と王太子の襲撃です。国王の件についての首謀者は王妃です」
歯に衣着せぬ言い方に、ジーンは驚きを隠せない。リュシオンの結界を信用しているからこその発言だが、分かっていても気が気でなかった。
「彼女は国王の愛妾と庶子に強い恨みを持っていました。愛妾……ミシュア様の暗殺も、ロセット伯爵の襲撃も、王妃が仕組んだことと見てまず間違いないでしょう。彼女にとっては庶子を王室に迎え入れるなど言語道断。国王が病の間に消したいと考えていたはずです」
「……だが、国王が倒れた直後、庶子は他でもないオリバレス子爵の手引きによって王城に訪れたんだぞ。王妃が暗殺を企んでいるのならとっくに殺されていてもおかしくないだろう」
リュシオンはすぐさま口を挟んだ。彼の疑問はまっとうだったが、同時に彼はすでに答えを得ているようだった。
「はい。わたくしはずっとその謎が解けずにいました。しかし兄の助言を当てはめてみたところ、一つの仮説が得られたのです」
「エリック殿の?」
「そうです。旅に出る前、エリック兄様から教えられていたことがありました。行動の意図を推測する方法だそうで」
なんだそれは。ぜひ聞きたい。二人は心の中で思惑が一致した。
「『逆のことを考えろ』と言われました」
「……逆?」
「つまり、相手がなぜそれをしたかということではなく、それをしなければどうなるかを考えるということです」
「なるほど」
今回の状況では、ヘクトルを受け入れなければどうなったかを考えたということか。リュシオンは心に
「それでどうなる」
「……庶子が見つからなければ捜索は続行します。王妃にとって『庶子が見つかるよりも、庶子を捜索される』ことの方が不都合があるということです」
変な結論に辿り着いてしまったと当初は頭を抱えたものだ。しかしヘクトルに実際に会ったとき、その理由が分かった。
「その後、ヘクトル様とお会いしたことがありました。彼は恐らく本物の庶子ではありません」
ロッタは二人の反応を窺った。彼らは驚きもせず難しい顔をして黙り込んでいる。やはり知っていたのだ。知っていて、黙っていたのだろう。
それならこれも知っているはずだ。彼女は二人の反応を一つも見逃すまいと彼らを見据えた。
「そして、本物の庶子というのがカインなのではありませんか?」