18話
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
急に扉が開いたと思ったら、外から大慌てで女官が入ってきた。
「お嬢様、王妃陛下がいらっしゃいます」
肩を震わせながらそう告げた彼女に、周りの侍女たちにも一気に緊張が伝わる。そのただならぬ様子にロッタは不安げな表情を浮かべた。彼女たちが準備する暇もなく、廊下から大勢の足音が響いてくる。
「王妃陛下にご挨拶申し上げます」
王妃が入室すると同時に、ロッタは最上礼を以って出迎えた。彼女に合わせて周りにいた女官や侍女たちもその場にひれ伏す。女官はともかく侍女は明らかに肩を震わせており、彼女たちが今まで高貴な身分の人間に接しないような裏方で働いていたのは十分に見て取れた。
「面を上げよ」
「はい、陛下」
彼女は再び一礼して、素直に顔を上げる。途端に冷たい神経質そうな視線が突き刺さるが、ロッタは何一つ表情を変えず見つめ返す。彼女は人から観察されることも、拒絶されることもすでに慣れきっていた。
一方王妃は初めて見るネグロ侯爵令嬢に片眉を吊り上げた。キーラの姪だと言うから、もっときつい顔立ちの少女を想像していたのに、目の前の娘はそれとは真逆である。悪意がまったく感じられない穏やかで優しげな表情をしていた。まっすぐな橙の髪は夕日を連想させる。しかし吹けば飛びそうな佇まいとは裏腹に、薄茶の瞳には確固たる意志が宿っていた。どこまで見ても奥のある、水を打ったように静かな瞳。王妃は一瞬息を呑んで、我に返ったように冷たい声で挨拶を促した。
「お初にお目もじ仕ります。クレセニア王国から参りました、ネグロ侯爵の長女クラリス・ロッタ・ネグロと申します。ご足労おかけ致しましたこと、平にご容赦いただきたく存じます」
誰から見ても完璧な作法だった。周りにいた女官たちも、思わず表情を緩めかけてすぐに元に戻す。王妃は面白くなさそうにした後、ロッタを上から下までじっくりと見た。
「余程ネグロ侯爵は娘に作法を教えなかったのであろうな」
数拍のちに聞こえた思いがけない言葉に、ロッタは頭を下げながら目を丸くした。
「本来はそなたから挨拶に来るべきだというのは、この際赦すことにしよう。しかしわたくしが足を運んでみれば、みすぼらしい格好のまま身を清めてさえおらぬとは。加えて、いつまで経ってももてなしの一つもできない」
王妃の言い分はもっともらしく聞こえるが、本来なら女官や侍女が世話をするべきものだった。しかしきっと王妃はこうなることを見越して、不慣れな侍女たちを側に置いたのだろうと思われた。
「申し訳ございません」
ロッタは素直に謝罪した。それが自分たちの責任だと気づいた侍女たちは顔を真っ青にする。もしここでロッタが反論すれば、彼女たちはすぐさま職を失うことになるだろう。
「今からこのような状態では先が思いやられる」
王妃はロッタが何も言わないことに更に気を悪くし、追い打ちをかける。
「そなたがユリウスの隣に立つなど、身の程を知りなさい! 侯爵令嬢ごときが太子妃になるなどという、
耳をつんざくような叱責は部屋中に響き渡り、部屋の外にまで漏れ聞こえる始末だった。王妃は感情が
「わたくしの犯した数々の無礼、面目次第もございません。重ねてお詫び申し上げます。しかし、この縁談はわたくしの一存で覆るものではございません」
「何ですって!?」
ロッタの返答は王妃の神経を逆なでした。しかしここで何も言わなければ、彼女が縁談辞退を申し入れたということにされかねない。彼女にはまだ辞退の意思はないのだと、はっきりさせておく必要があった。
側に控えていた女官や侍女たちは、王妃の金切り声が聞こえることを想像して肩をすくめた。それが自分に向けて発せられていなくとも見ていて気分のいいものではない。王妃がロッタを責め立てようと口を開いたまさにその時、救世主が現れた。
「母上、怒りをお鎮めください」
「ユリウス!」
後ろから聞こえてきた声に、鬼の形相だった王妃は一瞬にして冷静になる。そして後ろの愛しい息子に駆け寄ると、
「ご叱責の声が、廊下まで響いておりました」
「それはこの者が、余りにも無礼な物言いをするからよ」
「さようですか」
眉をひそめて咎めるユリウスに、王妃はロッタを睨み嫌悪感を露にする。しかしそんな母の態度に彼は尚更暗い表情を浮かべ、素っ気ない返事をしただけだった。次いで、ロッタへ視線を向ける。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。クレセニア王国から参りました、ネグロ侯爵の長女、クラリス・ロッタ・ネグロと申します」
いきなりの王太子の登場に少々面食らいながらも、彼女はゆったりと礼をした。
「エアデルトへようこそ。さしたるもてなしも出来ず、申し訳ない」
「滅相もございません。国王陛下の一刻も早いご回復を心よりお祈りいたします」
「ありがとう」
ユリウスは王妃に目を向ける。ロッタの流暢な受け答え聞いても無作法だというのかと、彼女に訴えかけるような視線だった。王妃は悔し気に顔を歪ませてロッタをありったけの力を込めて睨みつけた。そして「わたくしは一足先に失礼するわ」と言うと、足早に部屋を立ち去った。