11話
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クレセニアを出て三日後。一行はフォーン大陸最大の湖、サイオンデール湖に辿り着いていた。クレセニア、エアデルト、そしてイストール公国という三カ国の国境を跨ぐこの湖は、古文書などにも名前が記されている名高い場所だ。
ロッタを乗せた馬車は一番最初に宿場町に到着した。町の一番大きな宿で今日は夜を過ごす。リュシオンが休むと言ったためジーンやほとんどの近衛兵は彼に付き添って守りを固めた。しかしロッタは異国情緒あふれる町の風景に、このまま宿に引っ込んでしまうのはもったいないという思いが強かった。割り当てられた数人の護衛と共に、宿から遠くない場所を散策している。
そのうち、ルーナたちを乗せた二番目の馬車が到着するのが見えた。
「なんだか日に日に、父娘らしくなってきましたね」
「そうだな。だがそんなこと公爵に言うなよ。乗り込んできそうだ」
「確かに……」
リュシオンとジーンは窓の外に見えるルーナたちの姿を眺めた。仲良く手をつないで宿に向かっていく彼らは、容姿こそ全然違うものの、本物の父娘と言っても違和感がない。
彼女たちに続いて二人の親子も馬車を降りてきた。エアデルト王国担当の外交官と、その息子である。リュシオン達はその様子を何気なく見つめた。彼らが宿の入り口に進もうとしたとき、散策から帰ってきたロッタと鉢合わせるのが見えた。外交官――ランバート子爵は、彼女が誰だかすぐに思い当たったようで、息子に礼を促した。しかし息子の方は彼女を凝視して呆けた表情で礼を取る様子もない。
「あれをエリックに見せてやりたいな」
「……八つ裂きでしょうね」
ジーンの言葉は的を射ていた。少年の気持ちが分からないではないが、このことに関してはエリックに肩入れしたくなる。彼は、妹に対する態度だけは、エリックと共通する部分があるだろうと密かに考えていた。
子爵に促され、やっと頭を下げた少年に、ロッタは
その後子爵の再三の謝罪を困ったように受け流し、ロッタは宿に入っていった。
しばらくして部屋のドアが遠慮がちに叩かれた。
「あの……ニコラス・ランバートと申します」
ドア越しに聞こえる声に、リュシオンは眉間に皺を寄せつつジーンに目配せする。それに気づくとジーンはすぐさま入口に近付きドアを開けた。
そこには先ほどロッタと話していた少年が立っていた。彼はこの機会にリュシオンたちに取り入ろうと、贈り物を持ってきたようだった。
「あの、殿下にぜひお渡ししたいものがありまして」
ヘラリと笑うニコラスをジーンが冷ややかに見下ろしていることに彼は気づかなかった。リュシオンは思わずうんざりとした表情を浮かべる。
「それはご丁寧に。しかし殿下はお疲れのため休んでおられます。ご用件があれば後ほどと通達してあったはずですが?」
ジーンの淡々とした物言いは、端整な顔立ちと相まって一層冷ややかにニコラスに突き刺さる。そこでようやく自分の犯した間違いに気づいた彼は、必死で弁明しようとしたが、そのころには部屋のドアは閉まっていた。
「本当にお前、容赦がないな」
「お褒めにあずかり、光栄です」
リュシオンの言葉にジーンはにっこりと笑って答える。
「さっきの奴、そういえばルーナにちょっかいをかけていたな」
「はい?」
リュシオンの言葉に、その場の気温が一気に下がる。無言で続きを促すジーンに、彼はニコラスがルーナに好意を抱いていじめていたということをかいつまんで(多少柔らかく)説明した。
「そんなことなら、もっと徹底的に排除しておくべきでしたね。例えば心労でこれ以上旅を続けられなくなる程度にとか」
真面目な顔で語るジーン。
(なるほど。エリックがいたらこれが二人か。俺が心労で倒れるな)
彼の本気具合に軽く引きつつ、リュシオンは何とか話題を逸らそうと思考を巡らせる。
「ジーン、もう少しで国境に着く。今夜の晩餐はロッタと三人で取る予定だったが、マティス卿とルーナも加えて今後のことについて話し合おう」
苦し紛れの提案は、奇跡的にジーンの黒い思考を霧散させたようだった。彼はリュシオンの言葉に表情を緩める。
「分かりました。では晩餐を共にということで手配しましょう」
即座に動くあたり、ジーンの『ルーナ不足』は禁断症状寸前だったらしい。リュシオンはすぐさま部屋を出て行った彼に苦笑した。
宿での食事を終え、ニコラスは父、ヨアヒムよりも一足早く部屋に戻っていた。考えるのはルーナのこと。彼女はマティス卿と共に王太子に晩餐に招かれたということで、あろうことかニコラスの誘いを断り、つれない態度を取っていた。
廊下を歩いていた彼はハタと足を止めた。曲がり角の向こうから、ルーナと王太子たちの会話が聞こえてくる。彼らも丁度晩餐が終わったらしく、部屋を出るところだった。
にっこりと笑うルーナの頭を気安く撫でるジーンに、ニコラスは激しい嫉妬を覚える。さらにその後ろから出てきたリュシオンまでもが、彼女の頭へポンッと手を置くのを見て、彼の嫉妬は怒りへと変わった。
(あいつ、公爵家の嫡子や王太子殿下に媚を売って……。そうか! 僕が子爵家の出だから。もっと上の身分のやつにはあんな愛想よくしていたんだな。なんて奴だ)
彼は見当違いの思い込みをしたまま、しばらく廊下に立っていた。その後ろに、不穏な影が細長く伸びてきて――