8話
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金と黒の冷たい屋敷は、中に入ってもその印象を違えることはなかった。しかし客間には大きな窓が取り付けてあり、昼間には穏やかな光が差し込む。また、深緑の壁と白いカーテンはいくらかその雰囲気を和らげていた。
リュシオンとジーンはその客間で、用意された紅茶を飲んでいた。
「芸術的ではあるが生活感のない屋敷だな」
「ええ。侯爵領の城もこのような感じなんでしょうかね」
どことなく人間味のない雰囲気はまさにエリックにぴったりのようにも感じられたが、しかしロッタがここに住んでいるというのは違和感しかない。そしてランデンも、この屋敷が似合う人間には思えなかった。
「王太子殿下、ジーン様、お待たせいたしました」
そのとき扉が開いてロッタが姿を現した。白と薄緑のシンプルなドレスに、髪は両側を編み込んで一つにまとめてある。装飾と言えばピアスくらいなものだったが、それがかえって彼女の美しさを引き立てているように思われた。
「個性は血に勝るというわけか」
「そのようですね」
「何のお話をなされていたので?」
義理の母を思い浮かべてポツリとひとりごちたリュシオンとそれにうなずくジーンに、ロッタは早速置いて行かれたような気がした。リュシオンは彼女の疑問には答えず、すぐさま本題を話し始める。
「察してはいると思うが用件はエアデルトの話だ。ただこれは国の問題ではなく個人の問題でな。だからはるばるここまで来たというわけだ」
「……個人の問題、ですか?」
いまいちピンと来ず、リュシオンの言葉をオウム返しする。
「君はカインを知っているだろう?」
「ええ。もちろんです」
「先日彼が姿をくらましたんだよ」
「……え?」
ジーンの思いがけない言葉に、彼女は一拍遅れて反応を返した。しかし反応はしても理解はしていない。様々な疑問が彼女の頭を行ったり来たりして、最後に出たのは『なぜ』だった。
「それは私にも分からない。父上は思い当たることがありそうだが、口を割りそうにないからね」
「そうなんですか……」
カインとロッタはそれほど親しかったわけではない。しかしリヒトルーチェ公爵の屋敷に訪れたときはいつもルーナの傍にいたため、それなりに話すことはあったのだ。元々交遊関係の浅いロッタにとっては、数少ない知り合いが行方不明というのは重大な出来事だった。
「ルーナ様はどのようなご様子ですか?」
「それが問題なんだ。ルーナはカインがいなくなったことにすごくショックを受けていて、ユアンたちと探していたみたいでね。結局カインはエアデルトにいるらしいというところまで分かったんだ」
「……え?」
エアデルトがそこで登場するとは思わなかったロッタは、本日二度目の無意味な反応をした。
(何だかわたし馬鹿みたいよね……)
自分で自分の反応に突っ込みながらジーンを見つめ返す。この話題が変なところに着地するだろうということを、ロッタは薄々気が付いていた。
「ルーナはそのあと父上に直談判して、ついさっき白魔法使いの派遣に同行することが決まったんだ」
「あいつの行動力には公爵も参っていたな。まあ中々面白かったが」
リュシオンはその場面を思い返しているのだろう、歯を食いしばって笑いをこらえている。
「同行、とは言っても、そのようなことができるのですか?」
「ああ。話し合いの結果、マティス卿の娘として一行に加わることになった」
「マティス卿の……」
それは少し無理があると思う。ロッタはそんな目で彼らを見た。しかし彼らも重々承知しているのか、逆に何も言うなという空気を
「お話というのは、道中はルーナ様をマティス卿のご令嬢として扱ってほしいということですね」
「その通り。だから、もしルーナと接する機会があっても、敬語や態度は改めてほしい」
ロッタは深くうなずいた。
「当日はリュシオンと私、ロッタのいる馬車と、ルーナたちがいる馬車では距離が遠いから、それほど肩肘張る必要はないけどね」
少人数とはいえ国の派遣である限り、それなりの用意はしていくのだろう。王太子やジーンたちと男爵令嬢が関わる機会は少ない。
「わかりました。ルーナ様……ではなく、旅の最中は『ルーナ』なのですね」
まったく言い慣れなかったが当日までに何とかしようとロッタは固く決心した。肩肘を張らなくていいと言った傍から、思いっきり緊張している彼女を見てジーンは苦笑する。自覚していないだろうが彼女は意外と感情が顔に出る。
リュシオンはすっかり冷めた紅茶を飲み干して唐突に立ち上がった。
「話は以上だ。長居したな」
「急な訪問ですまなかったね」
「いえ、特に予定はありませんでしたから」
出発は三日後。彼らはすぐに王宮に戻って話を詰めなければならないのだろう。ロッタは彼らに
外は雲一つない快晴だった。春が日に日に近づき風も暖かくなっている。
屋敷の玄関扉を開けると正面の少し向こうまで侯爵邸の領地が広がっている。境界には木が植えられ、噴水の周りを囲むように白い道が敷かれていた。
「こちらを進むと庭園に出るのかな?」
ジーンは噴水のある方とは反対側、屋敷の裏側の方向を見てそう言った。
「ええ。こちらには庭園やサロン、書簡貯蔵庫などがあります」
「書簡貯蔵庫か」
何となく機密資料が置いてありそうな響きである。リュシオンは思わず想像した。
「この屋敷は寒々しいとよく言われますが、庭園の方に行くとそうでもないのですよ。貯蔵庫は、まあ……屋敷以上にひっそりしていますが」
夜には絶対に入りたくないその場所を思い出してロッタは口ごもる。
「今度来たときはぜひ庭園を案内してほしい」
「もちろんです」
丁度馬車が到着したのを見計らってジーンはロッタにそう言った。二人が去っていくのを見送り、彼女はアイリスの所へ足を進めた。