7話
夢小説設定
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エアデルトへの同行を決めるとすぐに多くの話し合いが待っていた。リヒトルーチェ公爵やクライン伯爵との謁見、エアデルトの内情の下調べ、その他出発までの僅かな時間のほとんどをロッタは準備に費やした。
本来の予定では彼女が15歳の誕生日を迎える頃、つまり今年の秋から正式に婚約を進めるはずだった。しかしエリックが言ったように、ロッタの思う通りに婚約の話を決めていいのだとしたら、彼女に残された半年の猶予をすべてかける価値はあるのだろう。
黒と金を基調とした冷たい雰囲気の
「つまりファレーナ公爵は前王の妹婿で、国王の義理の叔父。今の王妃様の父親でもあるから……。国王と王妃は従兄妹ってことよね? ユング公爵も前王の兄弟で臣籍降下して、こちらは前王妃の親戚と結婚したと……」
彼女は今すぐ本を放り出したくなった。それが王宮から借りてきたものでなければそうしていたかもしれない。複雑すぎる。裏に政治的思惑が透けて見えて思わず心境が顔に出た。
つまり今のエアデルトは国王と王妃の勢力で割れているということだった。ロッタは数年前に流行り病で亡くなったユング公爵の推薦した
「どこの国でもそういうのはあるのね……」
思い浮かぶのは父のこと。今では兄が肩代わりしている諸問題だった。
「お嬢様、そう難しい顔をなさらずに。少し休憩いたしませんか?」
複雑な顔をしていたロッタに明るく話しかけたのはティーセットを持ったミモザだった。彼女はくるくる変わる表情とそれに似合った茶色の瞳を持ち、同じ色の猫っ毛が目を引く。屋敷に来てから約半年、今では慣れた手つきでティータイムの用意をする。
豊穣祭の最中にロッタが誘拐された原因だということもあり、ミモザは解雇されかけた。しかしロッタの取り成しによって、彼女の専属メイドとして働くことを許されたのだ。ミモザが一層職務に励んだのは言うまでもない。
テーブルに広げられていくお菓子を眺めながら、ロッタは読んでいた本を閉じて紅茶を飲んだ。
「王家の家系図だけではなくて、主要な貴族の分も覚えて行った方がいいとおっしゃっていたの。だけど、無理よ。絶対無理」
あの複雑な縦棒と横棒を見ているだけでめまいがしそうだった。何かいい方法を見つけなければ行く前に戦意を喪失する。
「そうはおっしゃっても、お嬢様はクレセニアの主要な貴族や王族の家系図はすでに頭に入れていらっしゃるではありませんか。同じなのではないですか?」
ミモザは心なしか本を遠くに置いたロッタを見ておかしそうに言う。このお嬢様の場合、問題は記憶力ではなくやる気なのである。
痛いところを指摘されたロッタは「ミモザまで……」と言って、再び本を手繰り寄せた。
「ジーン様も同じことを言ったわ。それに殿下にまでそう言われたの。二人とも、クレセニアだけでなくてほとんどの国の王族や主要な貴族の話はすべて頭に入れていらっしゃって……」
ハア、と彼女は大きくため息をつく。
「だけどエリック兄様はそうは言わなかったわ。『ロッタの好きなところまででいいよ』って言うのよ。そんなこと言われたら、全部覚えるしかないじゃない」
兄の穏やかな笑顔はある意味彼女に一番よく効いた。眉を下げている彼女を
「そんなお嬢様に、今日は流行りの菓子を持ってまいりました」
「なに?」
「ロールケーキです。最近できたばかりの『アウラーレ』という店の、一番人気のケーキなんですよ」
目をキラキラさせながら差し出してくるミモザに、ロッタは温度差を感じながら受け取った。しかし一口運ぶとすぐにミモザと同じ表情になる。
「確かにこのケーキ、とってもおいしい」
「良かったです! 店の前は大行列で、しかもすぐに売り切れるので、朝早くに並んで買ってきたかいがありました!」
ロッタは彼女の言葉に違和感を抱く。
「じゃあ、あなたはまだ食べていないの?」
「そうなんです。私もいつか食べてみたいんですけど、もう少し流行が収まってからにしようと思っていまして」
そのとき扉をたたく音がした。ロッタが返事をすると、外からメイドが入ってきて軽く一礼した。
「王太子殿下とジーン様がいらっしゃっています」
「え? どうして?」
「何やら緊急で伝えておきたいことがあるとのことで……」
それ以上のことは分からないという風にメイドは言葉を詰まらせる。
「分かったわ。支度をするのでお待ちくださいと伝えて。客間で丁寧におもてなしして頂戴」
「かしこまりました」
彼女は一礼してそのまま部屋を後にした。ミモザはすぐさま他のメイドたちを呼び、支度の指示を飛ばす。二人で話していたときとは打って変わってリーダーシップを発揮する彼女に、ロッタはこっそり微笑んだ。
「ミモザ、まだ切り分けていないロールケーキはあなたにあげる」
部屋を出る直前、見送るミモザに声をかける。途端、彼女は目を丸くして、すぐに顔が明るくなった。ロッタはそんなミモザの反応に、今度はこらえきれずに声を出して笑ったのだった。