5話
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会議が終了した後、ベルフーア公爵は取り巻きの貴族や官吏を追い払い、薄暗い部屋に入っていった。そこにいたのは赤みを帯びた茶髪を結い上げ、成熟した大人の色香を漂わせる美女――クレセニア王妃のキーラだった。
「サイアス、会議の方はどうだったの?」
「ああ。やはりエアデルトの話が出ていたな」
「そう……ではそれも教えてあげなくてはいけないわね」
キーラはそう言うとソファの前のローテーブルへ近づいた。そこには水を張った陶器の深皿が置いてある。
『ミア・シャール・シィ・リアン・エル・セルス』
彼女の詠唱と同時に透明だった水は乳白色へと変化した。二人は顔を見合わせてソファへ腰かける。キーラが使ったのは水を媒介にした<遠見>と<遠話>の複合魔法だった。
しばらくすると水面に二人の人物が映し出される。
一人は緑がかった茶色の髪と薄い水色の瞳を持つ四十ほどの女。美しいが神経質そうな印象を抱かせる貴婦人だった。
もう一人の男は鮮やかな緑の長髪と、赤紫色の左目に
「あら、貴女にも素敵な相手がいらっしゃるようね、ロウィーナ」
キーラは見慣れない男の姿にからかいの声をかけた。一方ロウィーナと呼ばれた女性は不快さを隠すことなく眉をひそめたが、すぐに男に挨拶を促した。
「ジャック・オリバレスと申します。エアデルト国王より子爵位を賜っております」
男は無表情にそれだけ言うと、すぐにまたロウィーナの一歩下がったところへ控えた。その態度に今度はキーラが不快感を示したが、特に食って掛かることはなかった。
「……まあいいわ。先ほど王宮で重要な会議が行われたの。それについてはサイアスが説明してくれるわ」
キーラに促されたベルフーア公爵は立ち上がると水面に映る女性に仰々しく頭を下げた。
「エアデルト王妃ロウィーナ陛下、お目にかかれて光栄に存じます。私はサイアス・クラフ・ベルフーア。前王弟を父とし、公爵位を賜っております」
満面の笑みで応対する公爵とは裏腹にロウィーナは一言二言交わすとすぐに冷めた表情で強引に話を戻した。そのことを気に留める様子もなく、公爵はクレセニア王国から白魔法使いが派遣されることになったという先ほどの会議の内容を話し始める。リュシオンの同行を聞いて苦い顔をしていたキーラは、しばらくすると唐突に笑みを浮かべた。
「エアデルトに向かう一行を亡き者にすればいいのよ。そうすれば貴女は忌々しい白魔法使いを、わたくしは邪魔なリュシオンを葬り去れる。一石二鳥ではなくて?」
「……確かにそれは魅力的ね。でも警備も甘くないはず。一体どうやって実行するというの?」
ロウィーナが同意しつつも冷静に聞き返したところで、控えていたオリバレス子爵が名乗りを上げた。彼に任せることで話がまとまりかけたとき、ベルフーア公爵は思い出したように声を上げる。
「そういえば、今回の派遣にはネグロ侯爵家の人間も参加するそうだ」
「誰が? 兄上ということでもないでしょう」
「そうだろうな。とはいえ、エリックが直々に行くとも思えない。そうなれば必然的に……」
「ランデンか、ロッタ……ほとんどロッタが行くことになるでしょうね」
二人の会話に眉をひそめたのはロウィーナだった。
「ユング公爵が勝手に決めてきた縁談の娘ね。忌々しい、ただの小娘が、ユリウスと婚姻だなんて」
彼女の瞳には敵意と憎しみが込められており、それが一度も会ったことのないネグロ侯爵令嬢に向けられているのは明らかだった。しかも一応はキーラの姪に当たる人物をはばかりもなく罵倒する辺り、いかに彼女の
「あの娘が同行しようがしなかろうが、わたくしにはどちらでもいいわ。計画はそのまま進めて頂戴」
「……ご親戚なのでは?」
オリバレス子爵はやはり無機質な瞳でキーラに問いかけた。そこには遠慮や動揺などの感情は一切見当たらず社交辞令として尋ねている気配さえする。
「まるで使い物にならない娘など、血縁でも必要ないわ。ロウィーナ、貴女の好きなように処分なさい」
ロウィーナは片眉を吊り上げた。そしてキーラの言葉が本心から出たものだと悟ると、冷たい笑みで応えたのだった。
「それよりキーラ、頼んでいた例の件はどうなったのかしら?」
「ああ、あの件ね。どうやら貴女が探している者は、リヒトルーチェ公爵の庇護下にあるようなの」
「リヒトルーチェ……なるほど、だから陛下は……」
ロウィーナはキーラの答えを聞くと、納得したようにうなずいた。そして背後のオリバレス子爵と目配せする。
「では、わたくしたちはお手並み拝見とさせていただくわ」
遠く離れた場所にいる男女にそう告げると、キーラは水面に向けて手を振る。すると水は穏やかに色を失った。
彼女はベルフーア公爵にしなだれかかり、楽しげにつぶやく。
「失敗してもわたくしたちに損はない。でも上手くリュシオンが死ねば、次代の王はわたくしの娘。名ばかりの女王を戴いて、この国はわたくしたちのものになるわ」
「楽しみだな」
ククッと喉の奥で笑うベルフーア公爵を、キーラはうっとりと見上げた――。