22話
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郊外に差し掛かったあたりからカーテンを開き、窓の外を眺めるジーンの正面で、ロッタは僅かに背筋を伸ばした。ジーン様、と呼ぶと、彼の瞳が彼女を見つめる。
「今日はありがとうございました。とても楽しかったです」
「本当かい?」
ロッタはもちろん、とうなずく。
「想像以上に楽しくて、面白くて、貴重な体験でした。途中で色々ありましたけど、ずっと見てみたかった豊穣祭を見られたので、それで満足です」
何年王都にいても、むしろ年を重ねれば重ねるほど、貴族令嬢としての振る舞いは厳格に制限される。街中の浮かれた雰囲気に身を
「それは良かった。君を失望させたんじゃないかと心配していたんだ」
「……どうして?」
「護衛を付けていたから。正確には、君と二人きりではなかったから、かな」
カラカラと、車輪の回る音がする。ジーンがゆっくり走るよう頼んだことと、御者が乗車している人間の身分を慮ったためか、辻馬車の中とは思えないほど静かな空間だった。ロッタは僅かに視線を下げた。腰が引けて、伸ばした背筋が少しだけ丸くなる。
「失望はしてません……いえ、少しだけ、したかもしれませんが。ですが構いません」
上目で彼を見たかと思うと、また逸らす。赤い夕日が窓から差し込む。彼女の顔が赤いのは、間違いなく夕日のせいだった。
「……二人になるときはこれからいくらでもあります。これからいくらでも……。も、もちろん、ジーン様がお望みになればですが! ……屋敷でも、どこかの別荘地でも、わたしは構いません」
取り繕うような口調になったかと思えば、だんだんと声が小さくなる。やがて車内はシンと静まり返った。
ジーンは浅く息を吸ったまま言葉を失い、ひたすら彼女の様子を眺めていた。様々な感情が渦巻いているような、もしくは心が真っ白になってしまったかのような、不思議な表情だった。ロッタは上手く伝わっていないと判断したのか、彼の瞳をまっすぐに見つめて再度口を開く。
「ジーン様と一緒だったから楽しかったんです。わたし、これからもずっとおそばにいたいんです。……。あの、ですから」
「愛してる」
簡潔な言葉が、彼女を遮った。
ジーンは固く握りしめられたロッタの両手に、自分の手を重ね合わせた。身を乗り出して、もう片方の手が彼女の頬に添えられる。ロッタの瞳いっぱいに彼が映った。彼は彼女の名前を呼びながら、何度も同じ言葉を繰り返した。いつもより細められた目、横に線を引いた口、そして夕日に照らされた顔を、ロッタは浮き立った気分で見つめ返した。彼女ははにかみながらも、顔を背けることはしなかった。
一度くらい同じ言葉を返したいのに、なぜだか声が出ない。愛してる。心の中で呟いて、彼女は結局、「わたしもです」と口に出した。
「ありがとう」と言って、彼女の額に軽く口づけたあと、二人は見つめ合った。その間にも馬車は進み、夕日は山の向こうへ沈んでいく。どれほど時間が経ったのか二人には分からなかった。しかし、もうすぐ到着することは分かっていた。
ジーンの指がロッタの目尻を撫でる。視線が彼女に是非を問う。彼女がゆっくりと目を閉じて数拍後――
二人は、触れるようなキスをした。
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