2話
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レングランドの研究所からの帰り道。ロッタは今までにないほど憂うつだった。社交界のマナーの講義、親戚への挨拶、話題の収集から人に見せるためのちょっとした特技まで。年が明けてから数カ月、これまで続けてきた淑女教育の集大成とでも言うように、次から次へとスケジュールが埋まっていった。身体がいくつあっても足りないほど忙しい。
「お帰りなさいませ。今日は社交ダンスとベルガー夫人の講義がございますので、ドレスをご用意しました」
玄関先でミモザはロッタを出迎える。スケジュールの管理やロッタの身の回りの世話で忙しいのは彼女も同様だったが、それを面に出さないのはさすがである。
「今日の講義はいつまでかかるの?」
「夫人は日が暮れる頃にはとおっしゃっていましたが、恐らくそれ以上でしょうね」
ロッタは始まる前から先を思いやってため息をつく。夫人はマナーや社交界の事情には詳しかったが、話が長いのが難点だった。
「ですが社交ダンスのレッスンが早く終われば、その間にお休みになれますよ。さあ、早く着替えましょう」
気持ちを切り替えるように明るい声で告げるミモザに、彼女はしぶしぶ頷いた。本来なら社交界の準備に多くの時間を使わなければならないところを、無理を言って研究と両立しているのだ。自分でやると言ったからにはやり通さなければならない。
「お嬢様、今朝ジーン様から連絡がございました」
着せ替え人形のように微動だにせずドレスを着せられていたロッタは、視線だけをミモザに向けて続きを促す。
「レングランドの件について、だそうです」
「ああ。研究成果の話ね。違う?」
「はい。マティス卿とも話をしたが、どこまで伏せるかはお嬢様の意向を聞きたい、とのことです」
お茶会のあと、リュシオンたちは宣言通り、彼女の研究成果の実名での公開について研究所と話を進めていた。その中で出てきた有力な案が、『共同開発者だけの成果にする』ということだった。しかしそれには利権の問題が絡んでくる。ロッタ自身は彼女の成果を半ば寄付という形で放棄してもいいと思っていたのだが、それにはリュシオンとジーンが反対した。加えてマティス卿の説得も彼女を思いとどまらせる一因となり、結局研究所内では実名で、一般に公開されるものについては極力名前が出ないようにすることになった。そのために少々面倒くさい手続きを踏まなければならない事態になっていたのだ。
「マティス卿やお二人のご都合のいい時間にお伺いしますと返事をしてくれる?」
「かしこまりました」
ミモザの声は普段より浮かれていた。ロッタの髪を梳きながら、鼻歌でも歌いだしそうだ。ロッタがもの言いたげに目を細めると、彼女は口を引き結んで真剣な表情を作る。
「ミモザ」
「どういたしましたか?」
「言いたいことがあるんだったら言ったらどうなの?」
わざとらしく真顔で彼女の髪を編んでいたミモザは、こらえきれない様子で満面の笑みを浮かべた。
「わたくし、ずっと以前からお嬢様とジーン様がお似合いなのではと思っておりました」
「下手な冗談ね」
「冗談じゃありませんよ! 最近、ジーン様はよく屋敷にいらっしゃるじゃありませんか。本当にどこからみても格好良くて、優雅で、洗練された方です。お嬢様と並ぶとひと際絵になります」
ミモザはぼんやりと視線を上に向けて夢見がちに呟く。しかし手元がおろそかになっていると気づくと、慌てて作業を再開した。通りで最近、ジーンが屋敷に来るときはメイドたちが妙に張り切っていると思った。ミモザの入れ知恵だったのかと、ロッタはやっと納得する。しかしそれは完全な誤解なのである。
「屋敷にいらっしゃるのはほとんどレングランドの話があるからよ。つまりお仕事。あなたたちが思っているようなことではないから安心して」
「ですがお嬢様も楽しみにしていらっしゃるじゃありませんか」
ロッタは無言を貫いた。楽しみか楽しみでないかと言われれば、確かに楽しみではある。しかしそれを言った途端ミモザがどういう反応をするか、ロッタには手に取るように分かっていた。
「楽しんでるのはあなたたちの方じゃない?」
「それは、否定しませんが。ですが! 冷静に考えてもジーン様はお嬢様にふさわしい方だと思います。容姿、家柄、実績、何をとっても完璧です!」
「……それってむしろ、わたしがふさわしくないんじゃ」
ロッタはアマリーの婚約式での騒動を思い出す。リュシオン、カインと並び、ジーンもまた
「そんなことあるはずございません! わたくしどものお嬢様は、もうどうしてこんなに出来た方なのだろうと思うほど外見も性格もお美しいですよ。そんじょそこらのご令嬢の追随を許しません」
(そんじょそこらって……)
相変わらずのお嬢様至上主義だった。聞いている本人が恥ずかしくなってしまうほどである。ミモザはテキパキと作業しながら、口も休めることはない。彼女の口から出るお嬢様賛美の言葉をロッタは微妙な心境で聞いている。
「ですから、ジーン様とお嬢様はどう考えても……」
「分かったわ。それじゃあわたしは更なる技術の向上を目指して、今から社交ダンスを習いに行ってくるから。伝言よろしくね」
「お嬢様ぁ」
完全に聞き流す姿勢のロッタを、ミモザは情けない声で見送った。