20話
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一大イベントである神舞奉納が終わったあとも、西区には観光や見世物目当てに多くの人が集まっている。大神殿が一般庶民のために花や菓子を配ることもあり、近所に住む子どもたちは連れだって大通りを走っていった。
カラフルな衣装を着た町娘や、露店で客を呼び込む商人たち。想像していた『豊穣祭』そのものの姿にロッタはきょろきょろと忙しく辺りを見渡す。大通りのつきあたり、広場の中央には簡易的な舞台が設置され、両端にカーテンがかかっている。舞台の前にはすでに人がたむろしていた。
「ジーン、向こうで演劇をしているみたいですよ。見ていきたいです」
ロッタは目を輝かせながらジーンを見上げる。彼は彼女の心の中を見透かしたように静かに笑ってうなずく。
その途端、彼女は急に気恥ずかしくなり目を背けた。
過保護代表のようなミモザの再三の安全確認と、エリックのジーンに対するあまりの当たりの強さに面食らってしまい、実は例の返事がうやむやになったままなのだ。いつも通り余裕を崩さないジーンとは裏腹に、ロッタは事あるごとにそれが心に引っかかって仕方がなかった。
広場に到着したあと、劇を見ている最中や、大神殿を見学している間にも、ロッタは何度も口を開きかけては、何も言わずに閉じる。タイミングがつかめない。今ではないような、そんな気分だった。
「どこかの劇団が豊穣祭のために王都に来ていたんだろう。さっきの演劇は庶民の即興という雰囲気ではなかった。……ロッタ?」
「……えっ、あ、そうですね」
「疲れたのか?」
気づかわしげなジーンに、ロッタは慌てて首を横に振る。存在感を放つ二人から周りの人間が若干距離を取っていたとはいえ、混雑した場所で立ったまま劇を見ていたため、彼が心配するのも当然だった。
「どこか、座れる場所を探そうか」
「本当に平気ですよ?」
「そうだとしても、昼を随分すぎてしまったから、何か食べたくなるころじゃないか?」
ロッタは目を丸くして空を見る。昼前に西区に到着したはずだったが、大通りを歩き、広場で演劇やそのほかの催しを楽しんでいる間に、真上にあった太陽は傾きかけていた。それを意識した瞬間、急にお腹が空いてくるのだから不思議なものである。二人はそれから大通りに戻り、しばらく歩いたあと、混雑していない店で休けいを取った。
外に設置されたテーブルに座り、ロッタはにぎやかな街に目を細める。
「前回の豊穣祭では花姫でしたから、大神殿から見る西区の様子は知っていたのですが、こうして街に紛れてみるのも楽しいですね」
「ああ。私も豊穣祭期間中に見て回るのは初めてだから、いい経験になったよ」
ジーンは運ばれてきた軽食に口を付ける。感心するほど優雅な仕草だった。二人の頼んだものがおいしそうに見えるのか、あとから来た客は次々と同じものを頼んでいく。店にとってはいい宣伝になっていた。しかしそうとも知らないロッタは、何だか人が増えた、としか思わずジーンに向き直る。
「そういえば、ルーナの奉納舞はいかがでしたか?」
「とてもきれいだったよ。前回よりも上達していてね。ロッタにも見せたかった」
「……ええ、わたしもできれば、見たかったです」
彼女は苦笑いをこぼす。王妃の機嫌がいつ変わるか分からない以上、ネイディアに会える機会はあのときしかなかったとはいえ、ルーナの奉納舞を見られなかったのは彼女にとっても心残りだった。
「だけど、記録型
「本当ですか?」
声を上げた彼女に、ジーンはにこやかにうなずく。記録型魔道具はルーナが最近発案したもので、一場面を動画として魔道具内に保存できるという代物だ。まだ市井には流通していないが、発案者として試作品を持っていたのだろう。
神舞奉納のことを事細かく話すジーンを、ロッタは優しい面持ちで眺める。
ジーンが一番下の妹であるルーナを溺愛しているのは分かりやすい。リヒトルーチェ家の面々は総じてルーナに甘いのだが、特に彼は年が離れているためか、何から何まで可愛いといった様子だった。しかし彼は同時に、アマリーや、普段は厳しく接しているユアンにも兄として愛情を注いでいる。他人には表面的な笑顔と物腰の傍らで腹の内を探るような彼が、心を許した相手には温かい愛情を注ぐのを、ロッタは好ましく思っていた。
「きっとたくさんの人がルーナの美しさに魅了されたでしょうね」
「それはちょっと困るな」
相変わらずの態度にロッタは笑い声をあげる。
「だけどその点で言えば、他にもたくさんの人の印象に残った花姫がいるはずだ」
「どなたですか? ……確か今年は、ロクシーニ侯爵の双子の令嬢と、シュレイ伯爵令嬢、クライン伯爵家のコーデリアさんでしたよね?」
クライン伯爵の娘であるコーデリアとは、ルーナの学友というつながりから豊穣祭以前から面識がある。凛々しい雰囲気の少女で、ルーナと対をなすにはぴったりのように見えた。
しかしジーンはゆっくり首を振る。きょとんとするロッタを真っ直ぐ見つめると、可笑しそうに口を開く。
「君だよ、ロッタ」
「…………えっ」
たっぷりの間を置いた後、ロッタは小さく声をあげる。そしてみるみるうちに頬を染めた。テーブルの下で両手の指を絡めて、その、えっと、などと、特に意味のない言葉を口にする。ジーンはそんな彼女の態度に目を細めて、五年前の豊穣祭を思い出すように静かな口調で話す。
「綺麗だった。あのとき、実はずっと君を見ていた。君は私のことを眩しいとか素敵だと言ってくれるが、私にしてみれば君の方がずっと眩しくて素敵だよ」
まただ、と彼女は思った。彼から目が離せない。優しさを詰め込んだような微笑みと、嘘偽りのない言葉が、直接彼女の心に響くようだった。鏡を見なくても分かるほどに、彼女の顔に熱がこもる。今、言わなければ。耳元で鼓動が大きく聞こえる。空気を吸った口が震える。それでも今しかなかった。
「ジーン、わたし……」
ロッタは握った両手に力を込めて、真っ直ぐ彼を見つめた。