19話
夢小説設定
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腕のいいメイドのおかげで彼女の格好はまさに、『ちょっといいところのお嬢さん』そのものだった。それは普段身分によって隔絶された場所にいるロッタでさえ感心するほどの出来栄えであり、彼女の計画は順調なスタートを切ったように思われた。
「へいいらっしゃ……ご、ご用でしょうか」
だから、彼女が店に入った瞬間、それまで活気に満ちあふれていた店主が急に恐縮した態度で話しかけるのは、十中八九彼女のせいである。
「見て回ってもいいですか?」
「どうぞ! どうぞご自由に。お気に召したものがあれば持って行ってください!」
店主は彼女たちと妙に距離を取りながら、商品を置いたりずらしたり、意味のない行動を始めた。常に腰が引けており、チラチラと視線を感じるものの目が合う前にそらされてしまう。ロッタは何度目か分からない反応に、うなだれながら店を後にした。
「……なぜ」
「明らかに貴族っぽい女性が、明らかにお忍びっぽい格好をしてるからじゃないかな」
そう呟いたのは、洗練された立ち振る舞いながら
ライデール西区の大通りは、豊穣祭期間中、多くの人間が行き来する。その分店の数も多くなり、広場では様々な催しが行われていた。ネグロ侯爵領でのことを除けばほとんど初めてのお忍びに胸を躍らせていたロッタだったが、その成果は悲惨だった。道を歩けば人が割れる。店に入れば先ほどのあの態度。祭りを楽しみに来たはずなのに見世物になった気分だ。
ジーンは顎に手を当てて周囲を見渡した。立ち振る舞いもその通りだが、何より彼女の容姿が目を引いている。かといって、<変化>をかけると見失ったときに大変だ。もちろん彼女の目の届かないところに密かに護衛を付けているのだが、それでも万一のことがあっては困る。それなら……。彼は目当ての店を見つけるとロッタの手を引いて歩き出した。
「……いらっしゃい」
「ご主人、このストールを一ついただこう」
「へ、へえ。300イルです」
手を引かれるがまま歩いていたロッタは、首にかけられたストールに目を丸くする。冬仕様のそれは、彼女の口元を覆っても違和感がなかった。
「なぐさめ程度かもしれないが、少しはマシになるだろう」
「ありがとうございます」
ストールから顔を半分だけ出して礼を言う。ジーンは自然な流れで彼女の手を取り、再び大通りに出た。
「ジーンさま……いえ。ジーンも十分目立っていると思うのですが」
この言い慣れない呼び方も彼女の涙ぐましい工夫の一つだ。『こんな往来で「ジーン様」なんて大層な呼び方をしていては、すぐにバレてしまうよ』というジーンの口車に、ロッタはまんまと乗せられていた。
「貴族令息のお忍びはそんなに珍しいものでもないから、私はいいんだよ」
「そういうものでしょうか」
「広場に行けば人に紛れて目立たなくなるはずだ。行ってみようか」
「はい……!」
はぐれないようにと、ロッタはジーンに身体を寄せる。
非日常的な雰囲気に気を取られ、彼女はまったく意識していないが、ジーンにとっては役得の多い状況だった。本音を言えば、
「ジーン、向こうで演劇をしているみたいですよ。見ていきたいです」
ロッタは目を輝かせながら彼を見上げる。街中演劇は初めて見るのだろう。すでに人が集まっていたが、演劇自体はまだ始まっていないようだった。ジーンがうなずくと彼女はうれしそうに笑って、はしゃぎすぎだと思ったのかすぐに目を逸らした。
その仕草だけで、彼女を連れてきて良かったと思う自分に、彼はわずかに自嘲的な笑みを浮かべる。
今日の仕事の大半を例のごとくリュシオンや国王、公爵などに押し付けてきたジーンだったが、その反応は三者三様だった。リュシオンは呆れながらも何も言わず、国王は野次馬根性丸出しといった様子で、それはそれでジーンを辟易させたのだが、問題は父のリヒトルーチェ公爵だった。彼はジーンが妨害工作にも負けず、条件も満たしたことで表向きには難癖を付けることができなくなっていた。しかしその胸中は複雑なようだ。何か言いたげな顔で見送った父がジーンの頭をよぎる。
彼は人流に逆らわないようにして足を進めるロッタをうかがう。向かう先は広場なのだが、彼女の視線はすぐに横に逸れる。ロッタの年相応の反応を見る度に、ジーンは彼女が心を開いてくれていることに、うれしさと多少の優越感を抱いた。
水に石を投げ入れたときのように、目の前に広がる光景を素直に受け止める人。それを限られた人間にしか表さないのは、彼女を取り囲む環境ゆえ。その『環境』こそが、父の複雑な心境の原因であることも、ジーンの先行きを見えなくしていることもとっくに理解できていた。
だが、と彼は心の中で呟く。だが彼女がうなずいてくれるのなら、難関を乗り越える覚悟も、とうの昔にできている。