18話
夢小説設定
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ボーンボーンと低い鐘の音が鳴り響く。街で聞くよりもずっと大きく、重たい音だった。人が寝静まる夜中には鳴らないようにできているから、これが今日最後の鐘の音だ。わたしはベッドの中で目をパチッと開けて天井を眺めていた。なぜか眠れなかった。使用人たちがときどき廊下を行き来する音が大きく聞こえる。さらに天井を眺めていたら、人の足音も聞こえなくなった。
全然眠れないから、天井のシミでも数えていようか。明日も街に行こうかな。でも、さすがに二日連続は怪しまれるかもしれない。……特に意味のないことを考えていると、身体が重たくなってきた。眠くないけど身体が動かない。
……意識がボーっとして、わたしがわたしじゃないみたいだ。
……? ここ、どこだろう。目を開けても視界がぼやけて、何となくベッドに寝かされていることくらいしか分からない。身体を動かそうとしてみても、手と足の先がやっと動くくらいで、状況がまったくつかめなかった。……ぜ、全身が麻痺してしまったの!?
恐怖で声を張り上げる。とはいっても、何だか変な声しか出ないけど。とりあえずここはどこ!
あらん限りの力を込めて辛すぎる現実に抵抗していたら、ギギィと年季の入った音が聞こえて、すぐに人がやってきた。わたしの頭の方から足音が聞こえるが、あいにくこっちは頭も動かせない。軽やかな足音が逆に怖い。怖すぎる。
だけどわたしの恐怖はその人を見た瞬間、最初からなかったかのようにすっかり消えてなくなった。
「あら、どうしたの?」
そこだけ光が当たったかのような金色の髪と、魅惑的に輝く赤い瞳。決して豪華でないドレスを身に纏い、肌が月に照らされて白く浮かび上がる。息を呑むほど美しい女性がわたしの頭を撫でる。そこでようやく現状を理解した。
『おかあさま……』
口を開けても出てくるのは泣き声ばかりで言葉にならない。彼女は、わたしのお母様だ。
お母様はわたしが中々泣き止まないのを悟ると、ベッドから抱き上げて優しく背中をたたいた。細い腕でよく持ち上げられるなあと思うけど、そういえば今のわたしはすごく軽いのだったと、また気づく。
浮遊感を感じてすぐに口を閉じる。いつまでも泣いていては恥ずかしい。それにこのものっすごい美女を困らせるのはわたしの本意ではない。
「ロッタはいい子ね」
近くの椅子に腰かけながら、お母様は『美しい笑顔』のお手本のような表情でわたしを見た。目が覚めてすぐに自分が転生したってことに気づけると、もっといい子になれるんですけどね。よしよしと撫でられるのを享受しながら、わたしはふと目についたものに手を伸ばす。お母様の首にかけられている、赤いペンダントだった。
「これに興味があるの?」
お母様はそれに気づくとわたしを撫でる手を止めて、ペンダントに軽く触れる。瞳の色と同じ深みのある赤。お母様にとてもよく似合っていた。それを伝えようとしても言葉にならないのがもどかしい。
「そうね……。ロッタがもう少し大きくなったらあげるわ」
べ、別にねだったわけじゃないんだけど。
「ね? ロッタ。……わたくしの、可愛いロッタ」
お母様は少しだけ眉尻を下げて微笑んだ。身動きが取れなくなるくらい幻想的で、まるで夢のようだった。
……? 夢?
わたしはお母様の顔をもう一度見ようと顔を上げた。だけどさっきまでわたしを抱いていたはずのお母様はもうそこにはいなかった。部屋を見渡すと、窓のふちに腕を乗せるようにして立っている女性の姿がある。月の光が背後から当たって表情はうかがえない。それなのに影の中からゆらゆらときらめく赤い瞳が見えた気がした。わたしはお母様と向かい合う。
「わたくしの可愛いロッタ、どうかあなたに、明るい未来がありますように」
お母様はそう言うと、首からあのペンダントを外した。わたしはお母様に近づきたくて、鉛のように重い身体を何とか動かそうと躍起になった。
そうしている間にも部屋はお母様とともに薄くなっていく。夢が覚めるときの独特の浮遊感が身を包む。
――誕生日おめでとう。
その言葉を最後に視界が暗転した。
ロッタは目を開いた瞬間飛び起きた。
急に意識が覚醒して、何かを探すように部屋を見渡す。寝台と小さいテーブル、いくつかの本棚を視界に入れて、そこが自分の部屋だと確認するとホッと息を吐いた。しかし同時に残念な気もした。彼女は首をかしげながら床に足を出す。夢見がよかったような、悪かったような。
カーテンからもれる白い光に目を細めて、彼女は先ほどまで見ていたはずの夢を思い出そうと眉を寄せた。
あと少しで何かが思い出せそうだったそのとき、ノックの音と同時にミモザが入ってきた。
「おはようございます! お嬢様、お誕生日おめでとうございます!!」
「……ありがとう」
「出会った頃はまだ美少女の面影を残していらっしゃったお嬢様も気づけば十八歳。すっかり落ち着きを身に着けられて……。今や絶世の美女といっても過言ではないほどの佇まいでいらっしゃいます」
「過言よ」
「何をおっしゃいますか!」
「ねえミモザ。お祝いしてくれるのはうれしいのだけど、朝からその勢いは疲れるわ」
ロッタの言葉にミモザは開きかけた口を閉じる。小さく自分の頭を叩くと、努めていつも通りに振舞った。
「今日はジーン様とのお約束がございますからね。そうでなくても一生に一度の特別な日なのです。わたしも気合を入れて準備させていただきます」
ミモザは外で控えるレディースメイドたちを呼びよせる。今日ばかりは彼女だけでなく、メイドたちもやる気がみなぎっているようだった。ロッタは自分のことのように真剣になって祝ってくれる彼女たちに、思わず笑顔をこぼした。