18話
夢小説設定
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古びたレンガの家が立ち並ぶ小道を抜けると、大通りの両側を埋め尽くすような店と人がわたしの目に飛び込む。エアデルトからやってきた行商人たちが、思うがままに店に入っていく。どこもかしこもにぎやかで、立ちすくんでいると人の波に飲まれてしまいそうだった。
頭が震えるような低い音が遠くから聞こえる。それはわたしをすり抜けて街中に響き渡った。周りを見ると領民たちは慣れたように、遠くから訪れた商人たちは思わずといったようすで時計塔を見ていた。
商人の街、文化の街、街道の交流地点、北の大都市……。たくさんの異名を持つ、クレセニア王国ネグロ侯爵領の首都、ノルストラス。それが、わたしが生まれ育った街の名前だ。なだらかな曲線と緻密なデザインで優美な雰囲気を醸しだすライデールとはやはり趣が違い、エアデルトの荘厳で豪奢な雰囲気と融合され、独特の街並みを作り上げている。久しぶりに訪れた街にわたしは喜びを隠しきれなかった。
どうしてこんなところにいるのかしら。頭をよぎった疑問はまたたく間にかき消される。
……帰らなきゃ。さすがにこんなに長く街に出ていたら、誰かにバレて、お父様に報告されてしまうかも。
……? お父様は今、こちらにいらっしゃるんじゃなかったかしら。……いいえ、そんなはずはない。エリック兄様がレングランド学院に行って、わたしとランデン兄様はずっとここで過ごしているんだから。
……? 久しぶり、なはずはなかった。だってわたしは生まれてこの方ノルストラスを出たことはない。いるかいないかも分からないようなメイドたちに、とりあえず衣食住は保証されて、あとは放置、放棄気味の生活を強いられ約三年。お父様は一切帰って来ないし、すごく可愛がってくれたエリック兄様だって王都に行ってしまった。残されたのは台風の目のようなランデン兄様とわたしだけ。なんて不運なの。いや、可愛がってくれてるのは分かるんだけど。
そんなわけで豪邸を通り越して最早お城みたいな我が家を抜け出し放題、お忍びし放題の状況で、今日も悠々自適にお忍びしていた。中身が外見に引っ張られて、言動が三歳児に近付いているのは悲しいけれど、それを抜きにしてもランデン兄様以外ほとんど誰も来ないような子供部屋で、日がな一日ゴロゴロしているのは身体に毒なのだ。
とはいえ、この鐘の音、正午を知らせる音である。つまりもうすぐ昼食。メイドたちが子ども部屋にやってくるまであと少し。
それに思い当たった瞬間、わたしは駆けだした。大通りを抜け、街の外れから坂を上り、よく手入れされた芝生を踏みしめ、ヒーヒー言いながら城の裏側にたどりつく。この城は随分昔に建てられたみたいで、どこもかしこもボロボロだった。ノルストラスが平和な証拠なのか、誰も通らないから警備が緩いのか、日中は高確率で誰もいない。わたしは堂々と裏門をくぐる。レンガが敷き詰められた広場をしばらく歩くと、先ほど街中にその存在を知らしめた時計塔と、わたしが暮らす屋敷が見えてきた。
「おいロッタ!」
いくつかある建物の間から顔をのぞかせたランデン兄様が、わたしに声を張り上げる。そんなところから出てくるなんて想定外だ。まさか裏門からやってくるのを見られてたんじゃ……。ランデン兄様はわたしに駆け寄って、半目でわたしを見る。
「おまえまた一人で時計塔にのぼってたのか?」
わたしは心の中で大きく安堵した。街に行く気分じゃないときはもっぱら時計塔に登って街の様子を観察していたから、今日もそうだと思われたのだろう。
「うん」
「高いからダメって言っただろ!」
「いったっけ?」
「いった!!」
『わたし小さい子だから分かんない』みたいな顔をしながら首をかしげていたら、ポカッと殴られた。手を出すのが早い。
「おれが来るまでまて! まてだロッタ、まて!」
「わ、わかったよ」
この兄は、わたしを犬か何かだと勘違いしているみたいだ。というより、周りの人間全員を犬かそこらの雑草程度にしか認識していない。そのあとすぐに兄様はわたしを引きずって屋敷に入った。メイドたちはいつも通り、衣食住だけは律儀に用意してくれていた。