17話
夢小説設定
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最初に立ち直ったのはロッタだった。彼女はネイディアの手に力を込めて、未だにすすり泣いているネイディアをじっと見つめる。
「……もしネイディア様が受け入れて下さるのなら、わたしは今でも『姉』のような存在になりたいと思っています」
涙にぬれた紅茶色の瞳がロッタを映す。ネイディアは無言でコクコクとうなずいた。
「本当の、仲直りです」
「ええ……!」
ネイディアは勢いよく彼女に抱きつく。ロッタはいきなりのことに倒れそうになり、何とか椅子に手を付いた。傍で様子を見守っていた女官たちも、二人の様子に微笑んで、横を向いてそっと涙をぬぐう。
「……体調は大丈夫ですか」
「スッキリしたら治ったわ。絶対治ってるわ、大丈夫」
「本当に?」
「ええ。だから、もう少し一緒にいて……?」
非常にかわいい。ロッタは早々に陥落した。ルーナに対しても言えることだが、ロッタはこういう類の願い事に自分でも驚くほど弱いのである。
「……あの、実はもう一つ、お伝えしなければならないことがあるのです」
穏やかな空気を取り戻した室内で、ロッタはどこか気まずそうにネイディアに向かい合った。少し顔を赤くして、人払いを願う彼女に、ネイディアは首をかしげつつも大人しく言う通りにする。
「どうしたの?」
「その、社交界デビュー後の、話なのですが……」
「……結婚?」
「そこまではまだ」
「そこまで?」
ロッタはしばらく沈黙した。何度か息を吸って吐いたあと、腹をくくった。
「リヒトルーチェ公爵家のジーン様をご存じですか?」
「ルーナのお兄様よね。それにお兄様の側近でいらっしゃるから、奥宮でも噂は耳にしているわ。……彼がどうかしたの?」
「兼ねてから親交があったのですが、その……こ、交際を申し込まれたのです。多分」
さらに言えば婚約もしくは結婚を申し込まれたのかもしれないが、ロッタの受け取った通りなら、交際も婚約も結婚も、一つの直線上にあるはずだ。少なくとも恋愛感情抜きの政略結婚を望まれたわけでないことは確かである。
尻すぼみになるロッタとは対照的に、ネイディアはその言葉を聞いた瞬間、パッと顔を輝かせた。
「まあ! 本当に? 素敵ね……素敵なことだわ。あなたはどうするつもりなの?」
「しばらく、お時間をいただいていたのですが……」
ロッタはそこで言葉を切ると、小さく、気恥ずかしそうにうなずいた。
「そうなの……! おめでとう、ロッタ」
ネイディアは自分のことのように顔をほころばせた。しかし急に不安げな表情になると、おずおずとロッタの顔色をうかがう。
「だけどあなたのお兄様は、あなたたちのことに賛成してくださっているの? わたくしは、詳しいことは分からないけれど、きっと周りからの反対もあるでしょう」
「……それです」
「え?」
「それです! ネイディア様、わたしはそのことをずっと考えて、エリック兄様に言い出せずにいたんです。兄様から縁談の話が出たときも『リヒトルーチェ』がなかったから、てっきりこの話はジーン様の独断だと思って、兄様に話すときも、たくさん迷惑をかけると思って、」
「ロッタ、落ちついて」
珍しく気持ちが昂った様子の彼女に、ネイディアは思わず話をさえぎった。ロッタは言葉を途切れさせたあと、「すみません」と呟いて息を吐き出す。
「何があったの……?」
「……頼み込むつもりで兄様に話しに行ったんです。そうしたら、兄様、まったく動揺せずに『分かった』って、一言だけ」
その反応に、「ホントに分かったの? 本当に!?」と返してしまったロッタは、何も悪くないはずである。しかしよく聞くと、エリックはすでに二人の事情を知っていたようだった。ジーンから直談判されたこと、ロッタがいいならと承知したこと、ジーンがその後『名目上の政略結婚』のために奔走し、準備を整えていたことなどなどを、悪びれる様子もなく聞かされた。
「兄様の立場ももちろん分かっています。だけど、それならそうと言ってくれたらよかったのに。わたしが執務室の前で、『今言おう、もう少ししたら言おう、明日言おう』って、悩んだ時間は何だったのかしらと……」
愕然とするロッタの髪を撫でながら、エリックはいつもの穏やかな笑顔を崩すこともなかった。『ロッタは問題を先送りにしてしまう癖があるだろう? だから縁談の話でも出せば、向き合う気にもなるかなーって思ったんだけど、答えは出たみたいだね』。ロッタは彼の言葉に喜怒哀楽が一度に訪れたような気分を味わった。
「まあまあ。だけど、反対されるよりはいいんじゃないかしら?」
「そう、ですね」
そのとき、部屋のドアが控えめに叩かれた。
「失礼いたします」
硬い声が聞こえ、ゆっくりと扉が開く。待機していた女官の一人が恭しく一礼した。ロッタとネイディアは顔を見合わせて、同時に眉を下げる。
「……時間ね」
「また来ます。近いうちに必ず」
静かだが、強い言葉だった。ロッタは寂しさをこらえきれないネイディアの瞳をじっと見つめて微笑んだ。
「ロッタ、頑張ってね」
扉が閉まる直前、ネイディアは小さく身を乗り出して、はつらつとした笑顔を見せた。それは数年間、ロッタが出会えなかった、彼女の一番好きな表情だった。