16話
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十一月某日。
その日、王都ライデールは、五年ぶりの豊穣祭に湧き立っていた。豊穣祭自体は毎年行われるものの、五年に一度の大祭は特別だ。故事にのっとって花姫と呼ばれる五人の娘が選ばれ、王都の大神殿にて奉納舞を披露するのである。
ルーナは五年前に続き、史上初となる二度目の花姫を務めることになっていた。大神殿には王族や上位貴族のための貴賓席と、下位貴族やそれに準ずる富裕層の観覧席が用意されている。貴賓席にはリュシオンやリヒトルーチェ公爵夫妻、ネグロ侯爵の名代として出席したエリックの姿があった。そして観覧席の前列には、ジーンやユアン、フレイルがいる。
神官長が厳かに
王都北端に佇む壮大な宮殿。日の光を浴びて壁面に埋め込まれた輝石が輝く様から、白焔宮とも呼ばれるクレセニア王宮に、上品だが決して華美ではない、一台の馬車が入っていった。式典が現在進行中なためかいつもより一段と静まり返った舗道に、蹄の音だけが響く。こんなときにやってきた馬車に眉をひそめていた兵士たちは、紋章を見た途端目をみはった。
正門を通り過ぎたところで停車し、一人の女性が降りてくる。それを待ち構えていたようにタイミングよく、女官が女性に近寄った。
「ネグロ侯爵令嬢にご挨拶申し上げます」
「王女殿下のお加減はいかがですか?」
「明け方までは熱がおありでしたが、今は落ち着いていらっしゃいます。お嬢様がお見えになるとお伝えしたところ、ぜひお会いしたいと仰せでした」
ロッタはひとまずネイディアの様子に胸をなでおろす。そして女官の案内に従って、王宮に足を踏み入れたのだった。
ネイディアとは避暑に行く前に会って以来、数カ月ぶりの面会だった。本当は大神殿で、ルーナたちの奉納舞を見たあとに会う約束だったのだが、昨晩ネイディアの体調不良の知らせが入ったことによって、急きょロッタが王宮に出向くことになったのだ。
クレセニアでは一般的に年頃の令嬢が一人で行動することは問題とされている。しかしロッタの場合、王妃の姪という立場と、王女の相手として国王から直々に出入りの許可をもらっていることから、誰にも見咎められず訪問することができた。加えて幼いころから何度も王宮を訪れていることで、王太子妃候補などという邪推をされないのは、ロッタにとっても非常に都合がよかった。
女官に連れられて長い廊下を進む。本宮と奥宮をつなぐ橋を渡り、中庭を通り過ぎる。真っ赤に染まった木々が風に揺られて木の葉を落とし、中庭は赤や黄色の絨毯が敷かれていた。
奥宮のさらに奥。王妃の部屋とは正反対の方角にネイディア王女の部屋がある。白とスモークピンクでまとめられた室内は、優美一色の王宮では珍しく可愛さを兼ね備えている。しかし寝台の少女は儚げで今にも倒れてしまいそうなほど弱々しかった。
「ロッタ……」
「そのまま横になっていてください。お加減はいかがですか?」
ロッタを視界に捉えた瞬間、寝台から身体を起こそうとするネイディアに彼女は慌てて近付いた。日光を十分に浴びていない青白い肌と以前会ったときよりも少しだけやつれた表情が、ロッタの瞳に痛々しく映る。女官の言う通り熱は引いているようで、彼女が支えた木の枝のような腕はほんのりと温かかった。
「わたくしは平気よ。これでも、昔と比べたら随分軽いでしょう?」
事あるごとに体調を崩していたネイディアが、成長するにつれて少しずつ丈夫になっているのは確かだった。しかしそれは、すごく悪い状態からそこそこ悪い状態に改善したという程度で、決して健康になったというわけではない。ロッタは自虐を含んだネイディアの言い分に曖昧な笑みを浮かべることしかできなかった。
「それより本当に良かったの? 奉納舞にはルーナも出ると聞いたわ」
「ええ。ルーナには謝っておきました。わたしは、どうしてもネイディア様と過ごしたかったから」
「……ありがとう、ロッタ」
ネイディアは泣き出しそうな声で呟いた。
社交界デビューを控えているロッタと体調を崩しがちなネイディア。加えてネイディアは、体調のいい日には今後公務の予定が入ってくるだろう。この機会を逃せば二人は次にいつ会えるか分からなかった。
寝台からロッタを眺めるネイディアに、ロッタは微笑んで明るく話題を変えた。
「今日は、わたしにお時間をいただけますか? ネイディア様にお話したいことがたくさんあるんです。途中でお休みになりたくなったら教えてください」
彼女の言葉にネイディアは控えめにうなずいた。