「どうすればいいも何も、嫌じゃなきゃ踊ればいい。嫌なら断れ。以上」
　……。

「分かってる？　最初のダンスってことは、婚約するって言ってるも同然なのよ？」
「だから、嫌じゃなきゃ婚約すればいいだろ」
「でも家の問題とかもあるし」
「なら断れ」
　……。

　いよいよ、相談相手を間違えたと、ロッタは思った。

「そんなに簡単な問題じゃ……」
「分かりきってるだろ。そこで諦めがつかねえってことは、お前（・・）はただ、『行け』と言ってほしいだけだ」
　……。……ん？

「え、今、」
「お前の中ではもう結論が出てるって言ってるんだ」
「い、いやいや、これはわたしの友達の話で」
「んなベタなごまかし方すんなよめんどくせぇ」
「……はい」
　ランデンのもっともな言い分に、ロッタは大人しく従う。適当な返答ながら、彼の言葉はこんがらがっていた彼女の心にすんなりと入ってきた。

「で、その相手は誰なんだ？　兄上に言いづらいってことは下位貴族か？　外国人ってことはまさかねえだろうしな。兄上が大反対しても協力してやらんこともないぞ」
　一発殴ったあとだが。ランデンは心の中で付け足す。しかしロッタは口ごもって、中々相手の名前を言おうとしなかった。散々脅したのちにやっと口を開く。

「兄様、怒らない？」
「なんで俺が怒るんだよ。まさか下位地主階級（ジェントリ）か？　いいから言ってみろ」
　社交界の話が出ているから平民ではないだろう。彼は妹の相手とやらにあたりを付ける。ロッタはすっかり忘れているようだが、魔法師団の用事がないときは、彼もいやいや社交界に出ているのである。彼女が会いそうな身分違いの貴族には、何人か心当たりがあった。

　しかし、彼の予想はどれも外れだった。

「……様」「は？」「ジーン様よ」
　……。
　長いような短いような奇妙な沈黙が落ちた。

「いや、まて、どこのジーンだ。珍しい名前でもねえしな。あのジーンじゃねえだろ、うん」
「そのジーン様よ」
「……まさか、まさかとは思うが、……ジーン・リヒトルーチェか？」
「ええ」

　ランデンはピシリと固まり、ロッタを凝視したまま押し黙った。次いで何事もなかったかのように彼女を見ると、感情のこもっていない声で言い放つ。
「前言撤回だ。お前のそれは気の迷いだ。今すぐ断って毛布かぶって早く寝ろ」
「ちょ、ちょっと待って兄様！　さっきと言ってることが違うじゃない」

　さっさと立ち去ってしまいそうなランデンを、ロッタは腕に手を回して何とか引き留める。本日二回目。しかし今度はあっさり引きはがされた。彼は勢いよくロッタを振り返ると、眉間にしわを寄せて荒々しく言い放つ。

「なんでよりにもよってジーンなんだよ！　やめとけ！　そんなヤツしか選べねえなら大人しく兄上の選んだヤツと婚約なり結婚なりするんだな！」
「そんなやつって、ジーン様はいい人よ」
「は？　お前どこに目つけてんだ。あの腹黒外面優男のどこがどういいんだよ」
「本当に紳士的な人なの！　確かにちょっと顔の良さと物腰の柔らかさを利用して、裏で色々考えてるなーってときはあるけど、男女問わず親切だし、努力家だし、真面目だけど話も上手だし、とにかく素敵なところがたくさんあるんだから！」

　ロッタはこのとき、ランデンに反論するという目的に囚われ、自分がどれほどのことを言っているのか気づいていなかった。そしてランデンも、気に食わない元同級生と妹がそんなことになっていたという衝撃によって、ロッタの話の内容などまったく頭に入っていなかった。