14話
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ロッタは人生で初めて、次兄の帰りを待ちわびていた。
うんざりするような暑さがライデールを立ち去るのと引き換えに、領地に戻っていた貴族たちは続々と王都に集まった。気が付けばもう十月。デビューが二か月後に迫っている。
普段の十月といえば貴族にとってそれほど重要な月ではない。しかし今年は普段とは違った。来月、五年に一度の『大祭』が催されるからである。神殿主催の厳かな式典。クレセニア中の貴族が集まり、いつもより少しばかり早い社交が繰り広げられる。王侯貴族が一度に集まるとなれば当然、警備も厳重になるものだ。魔物退治や小国の小競り合いの援軍などで、国内外を問わず駆けずり回っているランデンも、この時期に合わせて帰還するようだった。
秋の花々が見ごろを迎える庭園の一角。ロッタは邸宅のすぐ近くの、芝生の上に座っていた。手入れをしていた庭師たちも午後にはいなくなり、庭園は完全に彼女の独占状態だった。いつもなら敷地内とはいえ彼女を一人にはしないミモザも、今日はロッタの頼みを聞いて下がっている。朝方、エリックの書斎から出てきた彼女との会話から、大体の内容を把握したからである。
ロッタはランデンを待っていた。しかしそれは長い間会っていない兄に会いたいから、などといういじらしい理由ではなく、単に相談相手が彼しか思いつかないからだった。きっかけはミモザの予想通り、今朝のエリックとの会話にさかのぼる。
避暑から帰ってきたロッタを待ち受けていたのは、輪をかけて多忙な日常だった。夏に出来なかった挨拶回りが秋に延期されていたのだ。てっきり中止になったものとばかり思っていたロッタは、予想外のスケジュールに息をつく暇もなかった。となればもちろん、ジーンとの関係をじっくり考えている時間などあるはずもなく、進展も後退もしないまま時間だけが無情に過ぎていく。
しかしふとした瞬間、わずかなティータイムや寝る前に、頭をよぎるのはやはり彼のこと。
エリックから『相手』の話が出たのはちょうどそんなときだった。彼はその日のロッタの予定をすべて取りやめ、代わりに彼女を書斎に呼び出した。話題は結婚について。彼は最愛の妹が社交界で数々の誘惑にさらされるのを何より心配していた。
「社交界で見つけるのも一つだが、もしロッタが望むなら今から見つくろうことも出来る」
ロッタはエリックの真意を見定めるように彼をじっと見た。彼は本心から言っているようだった。開け放たれた窓から風が吹き込み、そのたびに白いカーテンがはためくのを目の端にとらえる。彼女の無言をどう受け取ったのか、エリックはなだめるような声で言葉を続ける。
「見ず知らずの人を紹介しようとは思っていないよ。ネグロに連なる家や私の親戚筋や、王家でもいい」
エリックの親戚筋とは、恐らく彼とランデンの実母の実家ということだろう。クレセニア貴族の中でも地方貴族に絶大な影響力を持つ、やんごとなき血筋の家である。しかしロッタはそれよりも気になる言葉があった。
「王家?」
「ああ。そろそろ殿下の妃を望む声が聞こえだすころだろうからね。ロッタも知らない仲じゃないだろう」
知らない仲どころか、彼女の交遊関係でも相当仲のいい部類である。しかし彼女はやはりその中にも『リヒトルーチェ』がないことを心苦しく受け止める。
ネグロのためになるのなら。そう答えることが、エリックにとってどれほど救いになるのか分からない彼女ではない。彼は多少の罪悪感を抱くかもしれないが、何も知らない妹を利用したとは思わないはずだ。
ジーンとのことを話すのが怖かった。
彼女がジーンを選ぶと言えば、エリックはきっと折れてくれるだろう。リヒトルーチェに頭を下げる覚悟で応援してくれるだろう。それがロッタにアグラでの出来事を話すことをためらわせた。
音を立てて閉まった扉の前で、彼女は深くため息をつく。
(わたしは、わたし自身はどう思っているの……?)
年が明けるまでに考えなければならないことがまた一つ増えた。しかし元をたどれば問題はたった一つである。
「ねえミモザ」
「はい、何でしょう」
「完璧だとか、尊敬すると言ったとき、困った顔をする人はどういう気持ちなのかしら?」
「む、難しい質問ですね、お嬢様」
ロッタの脳裏には鮮明にジーンの顔が思い浮かんでいた。アグラで口走ってしまったときに見た、困ったような、返答に迷うような顔。思えば、彼女がジーンを褒め称えるたびにそんな表情をしていた気がする。
ミモザは考えた。主にメイドたちの間ではやっているロマンス小説に照らし合わせて。恋人のいないメイドたちの恋愛経験は、そうやって培われている。
「そうですね……。ご自分をお嬢様のおっしゃるほど出来た人間だと思っていないか、もしくは、お嬢様にそう思ってほしくないか、ですかね」
「思ってほしくない……」
「ただの想像です。本当に真意をお知りになりたいのでしたら、やはり本人にお聞きになるのが一番かと」
「ええ。でも……少し会いづらいわ。当然社交界の話が出るだろうし、そうなると兄様の話も隠し切れない」
ロッタはそこまで言って頭を振った。
「少し一人にしてくれる? 考えたいことがあるの」