1話
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気づいたときにはもう手遅れだった。
冬。フォーン大陸の文化にのっとり、新年が明けてから数日は各地で宴が開かれる。貴族たちは王都に集まり、パーティーに招いたり招かれたり忙しい時期だった。レングランド学院もそれに合わせて冬期休暇が設けられ、研究所も新年前後の二週間程度は人の出入りがほとんどない。
ロッタは社交界デビュー前の最後の一年をかみしめるように、自室から王都の様子を眺めていた。
屋敷の使用人たちは祝い金をもらって外に出て行った。ミモザはロッタの元に残ると最後まで聞かなかったが、同僚たちとはめを外すのも付き合いのうちであるというロッタの説得により、しぶしぶ出かけて行った。
今年もエリックはパーティーを開かないつもりらしく、侯爵邸は冬の空に呼応するようにひっそりと佇んでいる。屋敷に残っているのは僅かな使用人たちを除いてロッタだけだった。
『あけましておめでとう、ロッタ!』
ボーッと上の空で外を眺めていた彼女の耳に、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。何だかよくわからない挨拶とともに。彼女は窓から離れて机の上に置いてある
「ルーナ?」
『そうだよ! あけましておめでとうございます。これ、新年の挨拶なの』
「あけまして……? 面白いわね」
ルーナの周りではそういうのが流行っているのだろうか。ロッタは小首をかしげて考える。しかし律儀にもルーナと同じように挨拶するところが彼女らしかった。
『今年もロッタのうちはパーティーをしないって言ってたから、もしかしたら暇かもしれないと思って、連絡してみたの』
「ちょうど暇だったの。ありがとう」
『えへへ』
魔道具の向こうで照れた表情を浮かべるルーナを想像し、ロッタは自然と笑顔になる。しかし続くルーナの発言に彼女は呆気に取られた。
『わたしも、父様たちがパーティーに出かけて暇だったんだ。だからね、もしよかったらロッタのうちに遊びに行けるかなって……』
平民の子供たちが隣町の同級生に会いに行くような気軽さだった。もちろんそんなことは出来るはずがない。彼女の戸惑いが伝わったのか、ルーナは慌てて言葉を付け足す。
『あ、あのね、これはさっき思いついたことじゃないんだよ。というかちゃんとエリック様にも許可をもらってるし』
「兄様に?」
『ロッタが毎年一人で新年を過ごしてるから、父様たちが許してくれるのならぜひいらっしゃいって言ってくださったの!』
いつの間にエリックとの連絡手段を確保していたのかは分からないが、ルーナの言っていることが嘘でないのは明らかだった。ネグロ邸でこそパーティーは開かれないものの、エリックは多くの招待を受けて毎日のように出かけていく。ランデンも魔法師団での用事がないときはパーティーに出席しなければならず、それならまだ鍛錬の方がマシだと屋敷には顔を出さない。意外なことに、断り切れないものは大人しく出席していると耳にしたことはあるが、ロッタが一人で新年を過ごすことに変わりはなかった。
『それからね、ジーン兄様も連れて行くから!』
ロッタは本日二度目、またしても呆気に取られた表情を浮かべる。
「ジーン様は社交界でお忙しいでしょ」
しかしルーナは、『フッフッフ』と、若干芝居がかった声で得意げに言葉を続ける。
『リューが、もうパーティーは疲れたから政務をでっちあげて今日は休むって言ったらしくて、リューがいないと隠れ蓑がなくなるジーン兄様もついでに休みなの』
「リュシオン様……」
それでいいのか王太子。ロッタは思わず突っ込んだ。むしろ王太子だからいいのだろうか。彼女には分からない。
しかしロッタは納得した。いくらエリックや公爵夫妻の許可をもらっているとはいえ、夜にルーナ一人でネグロ邸を訪れるのは心配だ。その点、ジーンが付いてくるなら安全も保証されている。
「何もおもてなしできないけど、それでもいいのなら気を付けていらっしゃい」
『うん! 三十分くらいで着くから』
魔道具での会話を終えた後、ロッタは自室の時計を見た。ちょうどパーティーが始まるころだった。この時間なら貴族たちの馬車に紛れてネグロ邸に来るのも簡単だろう。そこまで考えて、ロッタは小首をかしげる。何故だか最近妙にルーナと会う気がする。それに伴ってジーンと会うことも増えていた。決して嫌なわけではなかったが、彼女は不思議な引っかかりを覚えた。