9話
夢小説設定
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その年の夏は稀に見る猛暑に見舞われた。クレセニアでは比較的南に位置する王都ライデールはその影響を受けやすく、地方に領地を持つ貴族たちはこぞって脱出したほどだった。貴族や騎士の邸宅が並ぶライデールの北区は、そのためいつもより人通りが少なく閑散としていた。
見ているだけで体温が下がりそうなネグロ侯爵家の別邸に、一通の手紙が届いた。簡易的だが質のいい紙で、メイドたちはすぐに送り主が分かった。中でも大騒ぎしたのはやはりミモザだった。
「お嬢様! 素敵なお誘いが来ましたよ」
部屋に入るなり声を張り上げるミモザに、ロッタは驚いて顔を上げる。同時に机に置いて読んでいた本から手を放してしまい、本はパタンと音を立てて閉じた。
「読書中でしたか」
「ええ。でも問題ないわ。どこまで読んだか探すのに少し時間がかかるだけ」
元気が有り余っているミモザに片肘をつきながらそう言うと、彼女は分かりやすく項垂れる。叱られた子犬のような態度にロッタは小さく笑い、次いで「冗談よ」と言った。
「それで、どうしたの?」
「招待状です! リヒトルーチェの、ルーナお嬢様から」
「招待状?」
何かパーティーでも開くのだろうか。こんな時期に? しかも今年は猛暑で、招待しようにも王都に残る貴族は少ないはずである。ロッタは読んでいた本を棚にしまうと、ミモザに手紙を読むよう促した。手紙はルーナが書いたようだった。
「親愛なるロッタ。今年はあまりにも暑いから、貴族たちがこぞって王都を出て、政務が少なくなったという噂を耳にしたことがあるかもしれません。それは本当のことみたいで、父様たちも昨日王都を出発しました。わたしは予定はないけどライデールに残ったの。ロッタの返事次第では、これから埋まるはずです」
ルーナの言い回しに、ロッタは思わず笑みをこぼす。彼女がもったいぶった言い方をするときは、面白いが賛成を得られるか分からない提案をするときだった。しかしそのほとんどにロッタは付き合っているのだ。ミモザが続ける。
「リューも数日前からどこかに行きたいと言っていて、予定も開けられるみたいです。カインも、ジーン兄様も、同じ状況みたい。だからわたしは今、アグラの別邸に行く計画を立てています」
「アグラ?」
アグラはクレセニアの北の地方にある湖の名前だ。風光明媚な湖であり、ルーナが言っているのは同名の、避暑地として有名な町のことだと思われた。
「アグラにあるリヒトルーチェ家の別邸は、美しい佇まいで有名ですよね」
「だけどそれって結構遠いんじゃない?」
「そのことについても書いてありますよ。――馬車で行くには遠いけど、この話をリューにしたら<転移魔法陣>を使えばいいと言ってくれたの。リューを連れていくっていう条件付きで」
リュシオンらしい提案だった。彼もこの暑さには参っているらしい。公爵夫妻が何も言わないということはすでに話が通っているのだろう。道中の危険も、転移魔法を使うのなら問題はない。城下町の散策程度の気軽さで、アグラに行って帰ってこられるというわけだ。
「忙しいとは思うけど、気晴らしになるならぜひ来てください。リヒトルーチェの別邸でゆっくりして、天気が良ければ外に出て水辺で遊ぶつもりです」
手紙から顔を上げたミモザは、返事は一つしかないといった表情だった。いつもは彼女の態度に苦笑交じりの対応をするロッタも、今回は無条件で小さくうなずく。それくらい、ルーナの誘いは魅力的だった。そして、それくらい、王都は暑かった。
夏季休暇中のユアンとフレイルは問題なく誘いに乗ったようだった。フレイルが参加することにロッタは驚きを隠せなかったが、同時に想像もついた。見てもいないのに事の経緯が分かるのだから不思議なものだ。リュシオンが休むのならジーンも休暇を取るのに問題はない。そしてレングランド研究所に所属するロッタとカインも、研究員や教員が休むのと時を同じくして休暇を取った。
すべてが順調だった。特にルーナにとっては。しかし、実は都会よりも地方が好きなロッタにとっても、今回の計画は喜ばしいものだったのである。