8話
夢小説設定
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クレセニアとエアデルトの文化を融合させたような屋敷。黒と金を基調としたネグロ侯爵家別邸の敷地には、ロッタたちが生活する屋敷の他に、庭園、温室、書簡貯蔵庫などがある。
リヒトルーチェ邸から戻ったロッタは、すぐさま書簡貯蔵庫に向かった。光が直接書簡に当たらないように窓一つない室内は、昼でも
居眠りしている護衛と管理人の側を静かに通り過ぎ、ロッタは廊下の奥まで行くと二階に上る。そこからまた一直線に入口の方まで歩いた。木柵から身を乗り出すと、吹き抜けから一階の入り口が見える。貯蔵庫の中で、行くまでに一番時間のかかる場所には、当然一番用途の少ない書簡や書籍が保管されている。
ほとんどの人間が『読めない』本が保管されている本棚。共通フォーン語以外で書かれているものを集めた場所だった。
彼女はそのうちの一つを手に取る。――『創世記』。いかにも昔のことが載っていそうな本である。
『神々は人間に永遠の命を与えず。強靭な肉体も与えず。しかし人間が大陸を統べるだけの力は与えたまう……』
ロッタが生まれたときから持っていた力。どんな言語でも理解できてしまう能力。彼女にとってこの力は当たり前のように使えるものだ。しかし彼女は家族にでさえ、異なる言語の読解能力があることを黙っていた。彼女以外はその力を持っていないと知っていたから。これは神様からの贈り物なのである。
「暴力、お酒、女の人と、お金……」
ルーナと話していたときに口をついて出た言葉。先ほどはランデンのせいかもしれないと言ったが、問題児とはいえ兄から連想できる言葉ではない。
「昔のこと、よね」
小さな声が閉鎖的な室内に反響する。手に持っていた本のページを適当にめくる。
『神々は思い出と残骸を置いて天上に昇られる。神の子たる人間は地上を任された。しかし記憶とともに人間は、神々の贈り物を落としていくのである』
相変わらず何が書いてあるのか分からない文章だった。しかし彼女には少しだけ身に覚えがあった。ロッタがこの人生を生きる前に会ったことのある、天使の記憶。この世界には確実に神や天使は存在する。彼女は何かが原因で転生の輪に乗らなかったし、今でも前世の記憶は少しだけ残っていた。聞くに堪えない男の特徴も、前世の経験から発せられたものだとすると納得がいく。
きっと覚えておこうと思っていたはずだ。その思いとは裏腹に、彼女はどんどん忘れている。まるで神様から不要だと言われているようだった。もしくは彼女自身の意志の弱さによってだろうか。
(わたしはすでに『あの人』のすべてをわたしだと思えるわけではないけど)
悲しいばかりの記憶とはいえ、無くなってしまうのはつらかった。天使から言われた家族運についての予言と、彼女の前世の記憶を支えにして、ロッタは不遇な幼少期を過ごしてきた。いくら兄たちがロッタを大切にしていたとはいえ、『彼女』がいなければ屋敷での父からの冷遇に耐えられなかっただろう。
あの父親でも満足だということを、あの兄たちがどれほど幸せをくれているかということを、今の生活がかつての自分には考えられないほど恵まれているということを、『彼女』は十分に分かっていた。
ずっと考え続けていなければたちまち忘却の彼方に消えてしまうようだった。細い細い記憶の糸をロッタは必死でたぐり寄せる。