7話
夢小説設定
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社交界に出る前から、社交は始まっていた。親戚や懇意にしている家に挨拶に向かい、世間話という腹の探り合いをして、人脈を築いていく。その中には当然、ロッタと同じ年頃の令嬢もいた。令息は思いのほか少なかった。大方エリックが手を回しているのだろう。
年若い令嬢が集まってすることと言えば大半が恋愛話である。家門の繁栄や世間体などにかかわらず、基本的に十七、八の令嬢はその手の話題が好きだった。そのためルーナの質問には、ロッタもそれなりの定型文を用意していた。
「ロッタって、どんな人が好きなの? 優しい人とか背が高い人とかはダメだよ」
しかしそれを言う前に先手を打たれてしまった。
大抵の場合、令嬢たちは自分の興味のある貴族を語りたいだけであって、人の好みなどそう気にしてはいない。ロッタが『優しい人』などと言うと、「そうなんですか。ちなみにわたくしは……」となるのが通常であった。しかしルーナは違う。完全にロッタの好みが知りたいのである。
キラキラした視線を受けながら、彼女は少しばかり真剣に考えてみた。
「こうじゃないとと思う人はいないけど……。暴力的だったり、お酒を飲むと人が変わる人は嫌」
「う、うん?」
「女性関係と金銭感覚がしっかりしてる人、とか」
「……」
「立場の弱い人間に対して高圧的になるような人は好きじゃないし」
「ちょっと待って! ストップ!」
隣から聞こえてきた制止の声に、ロッタはハッとしてルーナを見る。
ルーナは今日一番の深刻な表情でロッタを見返していた。
「ありきたりな言葉だけど、ロッタ、何かあった?」
彼女は自分が並びたてた男性の特徴を思い返し、自分でも首を傾げる。ルーナがそう問い掛けたくなる気持ちも分かる。
(見事に性格上問題がある男性の羅列みたいになってるじゃない。何かあったの、わたし)
問い掛けられたことと同じセリフを自分自身にも投げかけてみる。沈殿した泥が舞い上がるように、彼女の胸の奥でずっと使われていなかった感情が呼び起こされる気がした。しかし彼女は上手く掬う術をすでに失っていた。
――言われてみれば確かに、何かはあった、ような。
「分からない」
「そっか」
「あ、でも、ランデン兄様のせいかも」
「……そ、そっか!」
彼女の周りにいる男性の中で、性格に難ありの代表といえばランデンだ。無理やり自分を納得させるつもりで彼の名前を口に出す。ルーナはそれで納得したようだった。
「ロッタはもう少し理想が高くてもいいと思う。今言ったことだけじゃ候補が多すぎるし、多すぎたら困るでしょ?」
「そうね」
「だからね、ほら……。他の令嬢が言ってるみたいなさ、夢見てる感じの」
ルーナの説明は明確なイメージがありそうなのに、どこか漠然としていた。ロッタはつい最近ネグロ邸に訪れた貴族令嬢の話を思い出す。
「例えば、それなりに有名な貴族の当主か嫡男で、出世の見込みがあって、領地もそれなりにあるような、容姿のいい男性とか?」
「そう! まあ結構俗っぽくなったけど、いい感じかな」
クレセニア王国の貴族は長男の世襲制であるため、同じ貴族と言っても長男か次男以下かは貴族令嬢にとって重要な問題だ。もっとも、令嬢の実家の位が高ければ高いほど、貴族の当主や嫡男と結婚するのは当たり前という意識になる。ロッタがわざわざそこに言及しなかったのは、興味が少ないことを抜きにしても、彼女の結婚相手がしがない貴族の次男などになる可能性は低いからという事情もある。
そもそもエアデルト王太子の元婚約者を結婚相手にするのなら、同じく身分や実力など、どこかに特化していないと尻込みしてしまうだろう。そのおかげでふるいわけが出来ると、エリックが密かに喜んでいるのを彼女はすでに知っている。
「だけどわたし、別にそんなことは特に考えてないの。他人事っぽく思えてしまうのよね。ルーナは、ご両親もアマリーさんたちも恋愛結婚をなさっているから、それが普通だと思ってしまうんでしょうけど、うちは確実に政略結婚だろうし」
もしくは無理やり
「そうだった……! 当たり前のことなのに、すっかり忘れてたよ。エリック様が縁談まとめちゃったら手遅れだよね」
「手遅れ?」
「恋愛が!」
そう言うと、ルーナは背筋をピンと伸ばして真剣な顔つきになった。思わずロッタも姿勢を正す。
「わたしもよく分からないけど、恋してるアマリー姉様ってとっても素敵だった。やっぱり恋愛しないまま結婚するのはもったいないよ」
浮いた話がないという点では、ルーナもロッタと同じようなものだ。しかし姉の姿から確信を得たルーナの言葉は妙な説得力があった。ロッタは勢いに押されてうなずく。ヒューイと並ぶアマリーは確かに、今までに見たことがないほど幸せそうだった。
「じゃあ取り合えず、有名な貴族の当主か嫡男で、出世の見込みがあって、領地もそれなりにあるような、容姿のいい男性ってところから始めてみよう。あとは年が離れすぎてないことも重要だよね」
「自分で言っといてなんだけど、ちょっと理想が高すぎない?」
「大丈夫。いるよ。クレセニアは広いから」
本人よりも乗り気なルーナに押されるようにして、ロッタは結局理想のハードルを随分上げることになってしまった。ルーナはそれくらいの人はいると言ってはばからなかったが、最後の方はいくらなんでも欲張りすぎだろうと、誰しもが思う条件になったのは言うまでもない。