BARステラアビス
「欠けている、だけだったなら、まだよかったのかもしれませんが。どちらかというと、割れている、という感じがするんです。私に空いている穴みたいなものは……」
ひとつのベッドの中、互いに眠りに落ちる寸前に、触れ合わせた素肌よりも温度の低い言葉を交わすひとときを愛している。夜が明けて、どちらかがあれは夢だったのだとさえ口にすれば、簡単になかったことにできそうだから。昼間の会話よりゆったりとしたテンポで、うん、とサマヨイが頷けば、こちらもまた少したどたどしく、途切れ途切れに降ってくる声は、ぱらぱらと傘を叩く雨粒によく似ていた。
「割れている、から、そこは尖っていて、足りないものを埋めてくれようとしているあなたを傷つけてしまってるんです、きっと。あなたはやさしいから、何も言わないだけなんじゃないか、今度は怒ってくれることもなく、いなくなってしまうんじゃないかって、考え出すと止まらなくて」
「そっか……」
どれだけ近づいて熱を分け合っても、結局のところ自分たちはベッドの中ですらふたつの個でしかいられない。わかっているのに、少しだけ寂しくなる。永遠に似た沈黙の中でシーツの擦れる音だけがいやに響く、ひどく冷たい夜だ。ひとつ相槌を打って、サマヨイは目を閉じる。
「私は平気だよって言うのと、少しくらい傷ついてもいいよって言うのと、カジさんはどっちが嬉しい?」
「選べないです、選べません、俺にはそんな権利はない……」
駄々をこねる子供にも、誰が決めたのかも知らないようなルール雁字搦めにされた大人にも見える彼を抱き締めて、もう眠ってしまおうと耳元で囁いた。このまますべての境目を曖昧にして、今日という日を終わらせて、このどうようもない物悲しさもすべて、夢にしてしまおう。