BARステラアビス
「あの、サマヨイさん」
ただでさえ手先が器用というわけでもないのに、アルコールが入っているとなると尚更、頭が回らない。これはどこを引っ張ったらこっちが緩むんだっけ、とサマヨイがなかなかほどけないネクタイの結び目に苦戦していると、弱々しい、しかし隠しきれない熱を帯びたカジの声が耳朶を擽った。
「やっぱり、いけません……」
しかし、言い終わるのと同時に、するり。結び目の僅かな隙間に引っかけた指をぐりぐりと動かしていると、これまでの試行錯誤が嘘のようにあっさりとネクタイがほどけた。それをサマヨイが丁寧に畳んでタイピンと一緒にサイドボードに置けば、カジの口からは、あぁ、とため息のような声。今日はやめよう、と言い出す理由がひとつなくなってしまったことを、怖がっているように見える。
今日はバーにいた時からいつもの調子ではなかったのは明らかだ。だから早めに家に帰って、玄関のドアが閉まるのも待てないままキスをした。そして今、彼の口から甘ったるい吐息に紛れてこぼされた拒絶なんて所詮は言葉の形をなぞっているだけで、ろくな抵抗ひとつせずにベッドにくたりと横たわったままの身体の熱さだけが全てを物語っている。「だめ」だの「いや」だの「いけない」だのが本来の意味を伴わない場所があることを、サマヨイはもう知ってしまっている。だから、彼が自分を守るために身に付けてきたものも剥いでいくようにボタンをひとつずつ外して、汗ばんだ肌に手のひらを滑らせていくことをやめない。
「ごめんね、カジさん。そう言われてもこのまましちゃうよ、私は聞き分けがないから」
泣きたいのを我慢するように唇がぎゅっと引き結ばれてしまったことには、気がつかないふりをする。自分のわがままにサマヨイを付き合わせているのだという後ろめたさを口先だけの拒絶で和らげようとしているなら、それ以上を引き受けてあげようとサマヨイは思う。どうせからだとこころがちぐはぐなままなら、どこが噛み合っていないのかさえ考えられなくなってしまえばいいのだ。そこには然したる違いなんてないのだから。
「あなたにそんなことまで言わせて、俺は、なにをしてるんだろう……」
シーツをきつく握りしめる彼の手の上に、自らの手のひらを重ねる。罪悪感も孤独も分け合いたいと願う気持ちに名前をつけようとする傲慢さを、今はただ少しだけ、許されたい。