BARステラアビス
「いいお母さんって、親ってどういうものかなって真面目に考えてみたんだけど、きっと厳しさもやさしさも、どっちかひとつだけではダメで、バランスよく両方持ってなければいけなくて」
生活を共にするにあたり、気持ちを切り替えるために家中の家具を入れ替えると言って聞かないカジをサマヨイはなんとか宥めて、(そうやって形から入ろうとするのは悪い癖だよ、と指摘したら結構落ち込んでいた、それはごめんね)だったらひとつだけ、と譲歩して、リビングのソファを買い替えた。これからきっと、いちばん多くの落ち着いた時間を過ごすことになる場所だからだ。ふたりで吟味した新しいソファは固すぎも柔らかすぎもしない背もたれが体重をしっかりと受け止めて、ゆったりと寛げる。何も言わずとも互いに以前よりひとまわり小さいサイズのものを探していたが、理由は単純だ。こうしてほんの少し距離を寄せてサマヨイが首を傾ければ、簡単に近づくことができる。
「カジさんは、実のお母さんにずっと厳しくされていたわけでしょう。だから私はあなたの欲しいものをなんでも与えて、たくさん甘やかしてあげたらいいのかなって思ったこともあるけど」
彼の言う本物の愛情というものを見誤ったまま、人生の帳尻を少しずつ合わせるように、傾いた天秤を無理に釣り合わせるように。しかし、きっとそれではいけなかったのだと、今ならはっきりわかる。あの時虚ろな目をした彼に求められるがままに頷いてしまったら、この家はきっとサマヨイにとっての鳥籠になっていたのだろう。
「……それは、きっと違いますね」
「今こうしてわかってくれているなら、私はそれでいいよ」
サマヨイは、座面にだらりと横たわるサメの形をしたクッションを手に取り、抱き締めた。その姿も今では風景の一部となり、すっかりリビングに馴染んだもうひとりの住人だ。ソファを買い換えてクッションを探しに買い物に行った日、部屋の雰囲気には合わないかな、というサマヨイの心配をよそに、カジがただ「かわいいですね」とサメを買い物かごに放り込んだ時のことを、今でもよく覚えている。
少しくらいちぐはぐでも構わないから、ふたりの好きなものを、お気に入りのものを集めて、ここを冷たい鳥籠ではなく、二羽の鳥の巣にしたい。ただそんなありふれたことを、ずっとずっと、願っている。