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「どうだ」
「どうだ、と言われても」
不意な問いかけに対する回答のタイムリミットは、歩行者用の信号が青に変わるまでだ。少し離れた先にあるビル壁面の広告ビジョンの中には、クールな流し目を決める男。すぐ隣には、サングラス越しでもわかる物言いたげな上目遣いでこちらを見つめてくる男。まったく違う印象を感じるが、顔のつくりそのものは同じそれらを交互に見遣ること数秒。
「ハイドさんだなぁ、と……」
「……まあいいだろう」
急に話を振られたことを差し引いても我ながら気の利かない受け答えだとは思ったが、ハイドの口角が持ち上がったので、どうやら「よそ行きの」を省いたのは正解だったらしい。信号が青に変わり、人の波が動き出す。すれ違いの妨げにならないよう、ガラは日用品が詰まった買い物袋を前に抱くように抱えた。一方買い出しに着いてきただけのハイドは手ぶらで、ガラと離れすぎないよう距離を保ちながら、行き交う人の間を器用にするするとくぐり抜けていく。
「自分で言うのもなんだが、美しいだの若々しいだのといった褒め言葉は半世紀前には既に聞き飽きていたよ。飛べることを褒められて喜ぶ鳥が、泳げることを褒められて喜ぶ魚がいるだろうか?」
先に横断歩道を渡りきったハイドがこちらを振り向いた。
「私たちも、ただ“そういう生き物だから“”、人を惑わす機能としての美しい姿形を備えている。それだけだ」
「……ハエトリソウみたいなものか?」
「いいぞ、最悪だ」
言葉とは裏腹に、彼はたいそう上機嫌であることが見てとれた。マーケットから出た直後、曇りの天気予報に反して雲の間から差し込んできたこの日差しさえなければ、きっと鼻唄でも歌っているのだろう。
「ほんとうに美しいものなんて、いつだってすぐそこにあるというのにな」
買い物袋を持つ手の甲に、つう、とハイドの指先が触れた。よく手入れされた爪の先が、傷を重ねたガラの肌を愛おしむように滑って、そしてすぐに離れていった。それがいろいろな意味でむず痒く、ごまかすように咳払いをひとつ。ふふ、と吐息のように笑う満足そうな横顔は、きっと街頭ビジョンにも雑誌にも、一度だって載ることはないのだろう。
「……さっきの超クールな一枚を撮ったカメラマンにその顔を見せたら倒れるんじゃないか」
「はは、それは困るな! 私はイメージ商売で食わせてもらっているんだ……」
もし事務所を追い出されたら、親切な誰かさんの家に転がり込むしかないな。そう言う彼に、家賃はきっちり取ってやるからな、と返して、笑った。