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「こんな時に、する顔か、それ」
吐息とため息のちょうどまんなかのような声でそう問われ、はっとして視線を下ろすと不規則に上下する肩越しに潤んだ翠色がこちらを見つめていた。いったいいつから見ていたんだとか、後ろからされててなんで気がつくのかとか、どんな顔をしてたっていうんだとか、聞きたいことはいろいろあるけど、全てを見透かすような視線に串刺しにされながらでは、なにひとつ言葉として出てくるはずもなく。静まり返った寝室にかちかちと響くのが、壁掛時計の針に切り刻まれた一秒間たちの断末魔だと気づくまでに、信じられないほどの時間が暗闇へと溶けた。
「……こんな時って、どんな時?」
辛うじて、絞り出した。教えて、と問いながら身を屈めて、彼の真っ赤になった耳朶を指の先で擽ってみる。長い沈黙からのそれが不意打ちだったのか、びくりとかわいそうなくらいに肩を震わせたミナキくんは「やっぱり、いい」と、敷き布団から少し離れたところに転がっていた枕をずるずると引き寄せて、顔を押し付けてしまった。布の隙間から荒い呼気が漏れていて、急に体勢を変えたことで気を遣ってしまったのかと少し遅れて気がつく。
いつもはまるで伸ばした指の隙間をすり抜けてしまう水や風のようだというのに、こうしてひとたび腕の中に収まってしまうとひどく扱いやすい、そのことに気づいたのはつい最近だ。いつの間にかぼくはずるい大人になってしまっていたらしい。
「そんなに、怖がらなくても、いいのに」
ミナキくんはいつもやさしいので、どう返事をすればいいかもわからない。ぼくの身勝手な動きと、揺れる後ろ髪と、彼の言葉が跳ね上がって途切れるリズムだけが噛み合っている。
こどもの頃から、たまに見えていた。「あれ」はぼくの傍らで何かを探すように宙を漂っていることもあれば、誰かを待つようにただじっとその場にとどまっていることもあった。何色でもなくて、何色にも見える。あたたかくてやわらかそうで、でもどこかじっとりと湿っている。熱っぽくてあまくておいしそうで、べたべたしていて、すごくすごくきもちがわるいもの。からだとことばを伝って幾度となく塗り重ねられて、いまはぼくたちの中に棲んでいるのかと思うと、多幸感と怖気が綯交ぜになって、指先が冷たくなる。微かな汗の浮いた白い背中に手のひらを当てると、どくどくと何かの息づく音がした。「あれ」はいったいなんなのか、答えはぼくたちのすぐそばで眠っている。
「きっと、きみが思っているよりも、わたしはきみのことを、すきだよ」
なにかを愛するということは、呪いをかけることに、よく似ているのだ。