pkmn


「なんというか、怖かったのかもしれないな。愛なんていう目に見えないものにそこまで執着できる彼女のことが」
「むこうも同じように思ったんじゃないのかい。実在するかどうかもわからない幻のいきものにそこまで執着できる君に、さ」

若干の険を含んだ物言いに、少しは動揺するなり眉をひそめるなりするのではと期待したが、実際のところミナキの反応はというと、ただぽつりと「それもそうかもな」と呟くだけに留まった。どうやらこの話はこれで終わりらしい。マツバが庭の土蔵から引っ張り出してやった文献に彼はすっかり夢中のようで、それから居間にはぱらりぱらりと重たい紙を神経質に捲る音だけが続く。冷茶のおかわりを注いできてやろうとマツバが空になったグラスを持つと、ミナキは古びた本から顔を上げ、「すまないな」と人懐っこい笑みを見せた。彼のこういうところに恋をして、やがて彼のこういうところを恐れたのであろう見知らぬ彼女を、心底不憫に思う。

線香花火がぽとりと落ちるような、あっけない恋の終わりをこの友人に告げられるのは初めてではない。ミナキは決して人嫌いではないので自分に好意を抱く誰かといわゆる恋人というやつになることはあるものの、彼の興味と情熱は大半がヒト以外の何かに向けられているので、最後は大体こうなる。聞いた限りではすべて相手から告白されて、そして向こうから別れを切り出されているというあたりにマツバはこの人間のすべてを見た気がしている。
台所の冷蔵庫から作り置きの冷茶のボトルを取り出し、汗をかいてしまったグラスを軽く布巾で拭いてから注ぐ。彼の性質を奥まで理解せず、世の中を渡っていくために丁寧に磨かれた上辺の部分だけに惹かれて関係を持ちたがった向こうも悪いが(まあ、自分をいちばんたいせつにしてもらえないと理解した上で恋人になりたいなんていう奇特な人間が、どれほどいるかは知らないけれど)ことの顛末をまるでレポートでも読み上げるかのように淡々と語る男のほうがよほど悪だとマツバの目には映る。来るもの拒まず去るもの追わず。ならば最初からただの人嫌いであるほうが、よほど優しいのではないかとすら思う。

「目に見えるとか見えないとかじゃなくて、見ようとしてるかしていないかの問題だと思うんだよね、ぼくは」

いま、なにか言ったか。居間から届いた声に、冷茶のボトルをしまいながら、「こっちの話さ」とマツバは笑うのだった。

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