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「珍しいな。君が飲むのか?」
夏場は水出し緑茶や麦茶のボトルで埋まるのが恒例の冷蔵庫の中に、白い泡の柄が描かれた爽やかな水色の缶が置かれている。やや場違いな風にすら感じる一本のサイコソーダを取り出してしげしげと眺めているミナキに、団扇片手に縁側で涼んでいたマツバは「貰い物だよ」と苦笑する。
「僕もポケモンたちも、炭酸ってあんまり得意じゃなくてね。ミナキくん、飲んでもいいよ」
火曜日の夜、道場での手合わせの礼に、と若きチャンピオンから渡されたのだ。なんでも、期間限定で着いてくるおまけのマスコットキーホルダー目当てにジュースをダース買いをして、飲みきれない分は友だちに配っているのだという。だってどうしてもヒノアラシを当てたかったんだもの、とバッグにつけたちいさなマスコットを自慢する少年はあまりに無邪気だった。眩しくて、ぐるり、と目眩がした。
「君がこういうのをあまり好まないのはわかるが、ポケモンたちもか」
「昔ゲンガーにあげてみたことはあるけど、舌がぴりぴりしてびっくりしちゃったみたい。それからはおいしいみずばっかり飲んでる」
「……君にしたでなめられたポケモンのほうがよっぽどぴりぴりするんだと教えてやってくれ」
「はは、違いないね」
半分気のない返事と乾いた笑いを返した直後、プシュ、と缶のプルタブが上がる小気味良い音がした。マツバがはたはたと扇いだ団扇の風に乗って、塀のあたりまで飛ばされては戻ってきてを繰り返し、きゃっきゃとはしゃいでいた幼いゴースは飽きてしまったのかいつのまにかいなくなっていた。
「あー……」
あの子にとって、ジュースのおまけでお気に入りのマスコットを引き当てるのと、伝説のポケモンに選ばれるのは同じくらいのことなのか、とか、誰もがこれまでと変わらず接してくれることに自分は救われているのか、それとも惨めな気持ちになるのか、とか、そんなことばかり考えている。これだから夏は嫌なのだ。どろどろになった砂糖みたいな空気が肌にへばりついて、正常な思考を溶かしていくのか、それとも照りつける陽射しが薄っぺらな建前をじりじりと焼いて、内側にあった本音を引きずり出していくのかはわからないけど。
眩しくて、苦しくて、目眩がする。
「……そういう私も随分と久しぶりに飲んだが、たまには悪くないな」
後ろからの声に、うん、よかったね、とマツバはまた生返事をした。瞼の中でちかちかと弾ける光から逃れたくてずりおろしたバンダナの向こう側に、いつもはかっちりと着込んだシャツの襟を緩めた彼の、何度も上下する喉仏が見える。視えてしまう。
ああ、本当に、これだから夏は嫌なのだ。