深緋の星

MVP


「中瀬さん、おはよ。」

次の日の朝、駅に着いた所で諸星君にバッタリ会ってしまった。

「お、おはよう。」

電車は逆方向だし同じ時間になるとは思わず、油断していた。
あまり関わらないようにと思ったものの、声をかけてくれたのを無下には出来ない。
諸星君は挨拶だけして先に行くなんてことはせず、私の隣に並んで歩く。

「足、平気?」
「全然大丈夫だって。ありがとう。」

背が高いし歩くの早そうなのに、歩調を私に合わせている。
同じクラスなんだし、そうなってもおかしくはないけど…彼は教室まで一緒に行くつもりのようだ。
苦手だからとか言う以前に、友達とも言えない関係の男子と一緒に登校するのは何だか恥ずかしい。
その相手がクラスの人気者であるなら、尚更。
入学してまだ2日だけど、彼はもうクラスメイトの大半と仲が良い。
内部進学だし、何よりその明るさ故だろう。
それに、諸星君は…カッコイイ…と思う。
女子が彼を見て色めき立っていたのを、既に何度か見かけている。
そんな目立つ人と一緒に教室まで行くなんて、周りの目が気になって仕方ない。

「あのさ…もう一個聞きたい事あるんだけど。」

どう接していいのかわからず黙り込んでいたら、彼が頭を掻きながら口を開いた。
昨日とは違って、その『聞きたい事』を口にするのを何故か少し躊躇っている様子。

「…何?聞きたい事って。」
「入学式の日…俺が自己紹介した時に、驚いた顔して俺のこと見たよな?…あれ、何で?」
「…えっと…」

あの時、その名前に驚いて思わず諸星君を見てしまった。
目が合ってしまって、露骨にそらしちゃったけど。
確かに初対面でそんな態度取られたら、気にもなるよね…。

「諸星君の名前…知ってたから。」
「え!?どうして?」
「去年、愛知MVP獲ったよね?知ってる名前の人がいると思わなかったから、驚いちゃって。」
「それでかぁ!俺、何か変な事言ったかと思って、気になってたんだ。」
「そ、そっか…何かごめんね。」
「いや、理由聞けて良かったよ。…あれ、でも何でその事知って…」
「あ、あの!私、コンビニ寄るから。」
「えっ…そっか。じゃあ、先行ってるな。」
「…うん。」

話を無理やり遮って、逃げるように近くのコンビニへ駆け込む。
隠す事でもないと正直に話したけど、何で愛知MVPである事を知っているのか、それには触れて欲しくない。

胸の奥のざわつく気持ちを吐き出すように、大きく息を吐く。
諸星君と顔を合わせづらくて、遅刻ギリギリまで学校に向かうことができなかった。

***

「中瀬さん、一緒に帰ろうぜ。」

下校時間になって、下駄箱に向かう私にまた諸星君が声をかけてきた。

「…うん。」

断る理由がすぐに見つけられず、渋々頷く。

今日一日、彼を避けるようにしていたのに、何でこんなに私を気にかけるんだろう?

幼馴染の従妹だからだろうか。
愛知MVPだって知っていたからだろうか。
それとも…私が一人でいるから憐れんでいるんだろうか。

気にはなるけど…関係ない。
明日から始まる部活で忙しくなるだろうし、一緒に帰ることなんてもうなくなるはず。

「なぁ…これって中瀬さんだろ?」

校門を出て信号待ちをしている時、諸星君が鞄から一冊の雑誌を取り出した。
パラパラっと雑誌をめくって見せられたページに、顔が強張る。

そのページに載っていたのは…去年の私。
中学3年だった私が、バスケの試合に出ている時の写真だ。

私はかつて、バスケ部にいた。
神奈川で強豪だった○○中学で去年はキャプテンをしていて、うちの中学は全中にも出場した。

でも、私は全中には出ていない。
全中の出場を懸けた関東大会の決勝で、足を大怪我したのだ。
うちの中学は優勝出来たけど、私はその試合が終わって入院する事になった。

そのページには関東大会の結果と共に、大会ベストメンバーの写真が載せられていて、その中に…私もいる。

「…よく、見つけたね。」
「牧の中学、女子も強かったよなって思ってさ。牧の従兄弟だし中瀬さんもバスケやってて、それで俺の事知ってたのかもって思って、図書室でこれ見つけてきたんだ。関東大会のMVPってすげぇじゃん!」
「…ありがとう。」
「でも、全中は初戦で負けちゃったんだな。」

…それもチェックしたのか。

私が怪我をしたせい…かどうかは定かじゃないけど、確かにうちの中学は初戦敗退を喫した。
思い出したくない、嫌な記憶が次々と頭をよぎる。

「そうらしいね。」
「『らしい』?」
「私は出てないの。関東大会の決勝で足を怪我したから。」
「え…」

MVPと言う同士を見つけたからなのか、どことなく楽しそうにしていた諸星君の表情が一気に曇る。

「…怪我、そんなに酷かったのか?バスケやめる程?」
「一応治ったし、バスケ出来なくはないけど…もういいの。」
「どうして?勿体ねぇよ。せっかくMVPになれるほどの実力があるのに。」

何も…知らないくせに。

「バスケをしてたせいで、色んな物を失ったの。それなのに、またバスケをしろって言うの?」
「…色んな物って?怪我以外にも何か?」
「諸星君には…関係ない。」
「あ…その…」
「先に帰るね。」

諸星君の顔を見ぬまま、その場から走り出す。
駅まで駆け抜け、タイミングよくホームに滑り込んできた電車に飛び乗った。

流石に、追いかけては来ないか。

深呼吸をして、大きく乱れた息を整える。
さっきまで上手く呼吸も出来なかった体に、一気に酸素が入ってくる。
雑誌を見せられて凍り付いた感情がぐるぐると渦巻き始め、心がぐちゃぐちゃにかき乱される。
怒り、悲しみ、悔しさ…嫉妬。

…諸星君に、八つ当たりをしてしまった。

彼は全くの無関係。
私の過去なんて知るはずもない。
だから、治っているならまたバスケをすればいい。
私だって、他人事ならきっとそう思っただろう。

サイテーだ、私…。

諸星君をどうして苦手に感じているのか。
明るくて人気者で自分とは住む世界が違うから、だけじゃない。
彼がバスケ部で未来のエース、なんて言われているからだ。
醜い嫉妬…紳一の時と同じ事をしている。

「明日、諸星君に…どんな顔して会えばいいの…。」
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