深緋の星

「神奈川から来たんだろ?」


入学式を終え高校生活1日目、今日はオリエンテーションが行われた。
中瀬さんに話しかける機会を伺うも、なかなかタイミングが合わずに気づけは帰る時間。
今日じゃなくたって、話しかけるチャンスはこれからいくらでもある。
でも何故か、そのチャンスを先送りにはしたくない。
部活はまだ始まらないし遊びに行こうと言う友人達の誘いを断り、またも一番に教室を出て行った中瀬さんを追いかける。
どこからどうやって通ってるのかわからないから、中瀬さんが学校から出てしまったら見失ってしまうかもしれない。
逸る気持ちと足取りを抑えつつ、下駄箱へ向かう。
幸い、昇降口から出てすぐのところで1人歩く彼女の姿を見つけた。

…とは言え、何て話しかければいいんだ?
全く話した事ないのに「一緒に帰ろう」と誘うのも変だよな?

急いで靴を履き替えたものの、どう声をかければいいかわからなくて足が止まる。
昨日知り合ったばかりで関係はこれから作っていくんだし、気軽に声をかければいいのに。
そう思うのに最初の一歩目を失敗したくなくて、慎重になってしまう。

その時、校門に向かって歩いていた中瀬さんが、突然地面に倒れこんだ。

「中瀬さん!」

どう声をかけよう、なんて言ってる場合じゃない。
急いで中瀬さんの元に駆け寄る。

「大丈夫か!?」

地面に手と膝をついて下を向いていた中瀬さんがこちらを見る。
その表情は昨日、俺が自己紹介をした時と同じ『驚き』だった。

「中瀬さん?」
「あ、えっと…名前、覚えてくれてるんだ、と思って…。」

どうやら、話したこともない俺に名前を呼ばれた事が、その理由らしい。
俺が同じクラスだって事は認識してくれているようだ。

「え?…まぁ。それより大丈夫?」

昨日の自己紹介で一番印象的だったとか、他の子だったら名前どころかまだ顔も覚えているかどうかとか、今そんな事を言っても彼女を困らせるだけだろう。
言葉を濁して、彼女を起こそうと手を差し出す。

「え…」

ところがこの行動が、更に彼女を困惑させてしまったようだ。
100%善意だが、ほぼ初対面の男に手を差し出されるなんてそりゃ困るよな…。
けど、今さら引っ込めるわけにもいかない。
と、彼女が躊躇いながらも、俺の手を取って立ち上がった。
小さくて柔らかいその手の感触が、俺の心臓を一つ高鳴らせる。

…誓って下心なんてない。絶対にない。

「…大丈夫。ありがとう、諸星君。」

下を向きスカートと足に付いた砂を手で払う彼女の言葉に、今度は俺が驚く。

「中瀬さんも、俺の名前覚えてくれてるんだな。」
「…一度聞いた名前は忘れないよ。」
「そ、そうなんだ、すげぇな。」

それはつまりクラス全員の名前は覚えた、と言う事だろうか。
俺が印象的だった、とかそういう事ではなさそうでほんの少しガッカリする。

「どこか怪我はしてない?何かに躓いたのか?」
「平気。ちょっと足の力が抜けちゃって。」

確かに思い返すと、転んだと言うよりはへたり込んだと言う感じだった。

「足が?どうして?」
「…去年、大怪我しちゃって。時々、傷が疼くの。」

そう言った彼女の表情がなんだか泣き出しそうに見えて、また俺の心臓がドクン、と大きく脈打つ。
でも、これはさっきのとは全然違う。
彼女にこんな表情をさせてしまった事への罪悪感だ。

「そうなのか…軽々しく聞いちゃってごめん。」
「別に謝る事じゃないよ。」
「そうは言っても…。あ、家どの辺り?送ってくよ。」

足が心配なのはもちろん、さっきの詫びも兼ねての申し出。
一緒に帰る口実ができた、なんて下心も少しある。

「えっ!?いいよ!大丈夫だから!」

よっぽど驚いたのか、こちらを見ようとしていなかった彼女と初めて目が合った。

「いいから、送らせてよ。中瀬さんと話してみたかったし。」
「私と?…何で?」
「色々聞いてみたいことあってさ。さ、行こうぜ。」

そばに落ちている中瀬さんの鞄を拾って砂を払うと、校門に向かってゆっくり歩き出す。

「ちょ、ちょっと…!」

***

ちょっと強引だったけど、なんとか同じ帰路に就くことが出来た。
聞けば、中瀬さんは電車通学で俺んちとは反対方向。
家まで送ることは頑なに断られてしまったので、学校から最寄りの駅まで、と言う事になった。
普通に歩けば10分もかからない道のり。
足も心配だし、身長差もあって歩く速さも違うだろうし、歩幅を合わせてなるべくゆっくりと歩く。

「中瀬さんって神奈川から来たんだろ?いつこっち来たの?」
「卒業して、すぐ。」
「じゃあ、まだ名古屋来て1ヶ月経ってないのか。親の転勤とか?」
「お父さんが、名古屋で単身赴任してて。」
「単身赴任してたのにこっち来たの?」
「…うん。」
「…そっか。」

含みのある感じが気にはなるが、話したくはなさそうだし深く掘り下げるのはやめておく。

「そうそう、牧紳一って奴知ってる?同じ中学のはずなんだけど。」

どうにか明るい雰囲気に持っていきたくて、努めて明るくもう1つの聞きたかった事を訊ねる。
心当たりがあるのか、彼女は驚いた顔でこちらを見る。

「…知ってる。」
「お、マジ?話したことある?俺、あいつと幼馴染なんだけどさ。」
「えっ、そうなの?」
「うん。あいつ小4まで名古屋にいたからさ。同じ学校で、同じミニバスチームだったんだ。」
「…紳一の幼馴染って、諸星君だったんだ…。」

小さく呟いたその一言に色々引っかかりを感じた。
呼び方もそうだけど、名古屋に幼馴染がいることを知っているって、そんなに仲がいいのか?

「…牧と友達なんだ?」
「あ、えっと…ううん。」

独り言のつもりだったのか、俺の言葉に中瀬さんは視線をそらし、何故か少し恥ずかしそうにする。

…まさか、付き合ってるとか…?

あいつが神奈川に引っ越して大会でしか会わなくなったとは言え、牧は俺の親友だ。
向こうもそう思ってくれていると思いたいが、彼女が出来た、なんて話は聞いたことがない。
中瀬さんが親しい仲なら、同じ学校の俺に教えてくれてもいい筈。
だとしたら…元カノとか?

「…なの。」
「え?」
「紳一は…従兄弟なの。」
「…マジで!?」

中瀬さんが親友の彼女かもとか、親友がその事を隠していたかもとか勝手に色々ショックを受けていたが、中瀬さんの言葉は全く予想外のものだった。
驚いた俺は、思わず中瀬さんの顔をマジマジと見つめる。

「な、何?」
「良かった…牧と全然似てなくて。」
「……ふふっ、何それ。」

中瀬さんは一瞬ポカンとした表情を見せたかと思うと、小さく吹き出し笑いをする。

…可愛い。

初めて見る中瀬さんの笑顔に、俺の視線は釘付けになってしまう。
そんな俺をよそに、彼女はなおも口元を押さえながらクスクスと笑う。

「そんなにおかしかった?」
「だって、そんなこと初めて言われたから。」
「いや、だってさあ、牧の顔って結構逞しいっていうか、ゴツイし。」
「確かに、似てるって言われちゃったらちょっと複雑かも。あ…でも同じところにホクロがあるの。ほらここ。」

そう言うと、中瀬さんは左の目元をクルクルと指さす。
その位置には大きな泣きボクロが一つ。

確かに、牧にもあったなぁ。

牧のは何も感じねぇけど、女の子の泣きボクロは何だか色気を感じてしまう。
ホクロからほんの少し目線を上げると、中瀬さんと思いっきり目が合う。

「あ…だから何だって話なんだけど。ホクロなんて他にもあるし。」

急に恥ずかしくなったのか、中瀬さんはホクロを指していた指を反対の手で覆い隠しながら前に向き直る。
その反応に俺も少し気恥ずかしくなる。
と、同時にどこか安心もして、大きく息を吐く。

「そっか、従兄弟かぁ。同じ中学だったなんて仲いいんだな。あいつ、元気してるか?」
「…まぁ。」

中瀬さんの表情が少し曇る。

…聞いちゃまずかったのか?

「…仲悪いの?」
「そういうわけじゃない、んだけど。最近はあまり顔合わせてなかったから。」
「…そうなのか。」

他にも色々話してみたいけど、ここで駅に着いてしまった。

「じゃあ、私こっちだから。ありがとう。」
「うん。また明日な。」
「え?…うん、また、明日。」

そう言ってサクッとホームに向かう背中を何となく最後まで見送る。

まぁ…初めて話したし、こんなもんか。
少しだったけど楽しそうに笑ってくれていたし、きっと本当は明るい子なんだろう。
暗い表情の理由は何なのか、彼女に強く興味を惹かれている。
これから、ちょっとずつでも仲良くなっていきたい。

彼女が歩いて行った方をもう一度振り返り、反対のホームに向かった。
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