雨、のち太陽
夏休みも間近のとある暑い日、インターハイに向けての練習はいよいよ最終段階。
部員は気合十分で、練習にも熱が入る。
私もマネージャーとして、日々忙しくしている。
「あつ…。」
額から流れる汗を手で拭う。
体育館のドアを全開にしても入ってくる風はジメっとぬるくて、立っているだけでも体力が奪われていく感じがする。
けど、練習をしている選手達はもっと暑いんだから泣き言は言っていられない。
ふと練習中の大君が足を止め、スコアリングをしている私の方を見た。
「久莉奈、顔色が悪いぞ。」
「…え?」
大君に声をかけられて顔を上げた直後、視界に白いモヤがかかった。
頭に重しが乗ったかのようになり、体がぐらつく。
手の力が入らなくなり、スコアブックとペンが床に落ちる。
「ちょっ、久莉奈!?」
足元がおぼつかなくなり、立っていられなくなる。
こちらに駆け寄る大君の姿が、どんどん傾いていく。
床に体が付くより先に視界が真っ白から真っ黒に変わり、意識はそこで途切れた。
***
「…ん…」
ゆっくり目を開ける。
最初に視界に入ったのは、見覚えのない天井。
「久莉奈!気がついたか!」
直後、私の顔を覗き込む大君の顔で視界がいっぱいになる。
今まで見た事ないくらい焦った表情。
まだちゃんと働かない頭でも、私が大君に大きな心配をかけてしまったことはわかる。
早く安心してもらいたいけど、口の中がカラカラで声が上手く出せない。
「良かった…ここは保健室だよ。」
「え…?」
「倒れたんだよ。覚えてないか?」
「…そう、いえば。」
「具合はどうだ?痛いところはないか?」
おぼろげながら、その時の記憶が蘇ってくる。
と、体もその事を思い出したのか、痛みを感じ始めた。倒れた時に打ったのだろうか。
それに頭もガンガンと痛む。
「頭と…体も痛い。」
「倒れた時、すげぇ音したからな…。痣になっちまうかも。」
そう言うと、大君はストローが刺さったスポーツドリンクの缶を私の口元に差し出す。
「飲めるか?」
「うん…。」
少し顔を傾けストローを咥える。
体に染みこむように入ってくる飲み慣れたその味が、今は何よりも美味しく感じる。
そのおかげか段々と意識がはっきりしてきた。
壁に掛けられた時計を見ると、まだ練習中の時間。
倒れてからそんなには経っていないようだ。
「大君、ありがとう。もう大丈夫だから、練習に戻っていいよ。」
「…何言ってるんだ。」
私の言葉に、大君の表情が一気に険しくなる。
こんな表情を向けられたことがなくて、私はたじろぐ。
「こんな状況じゃ練習どころじゃねぇよ。…どうして無茶したんだ。」
「…そんなつもりはなかったよ。」
「でも実際、無茶したから倒れたんだろ。水分もろくに摂ってなかったみてぇだし。」
「…」
体調管理には気を付けているつもりだった。
けど、最近色々忙しくて寝不足気味。
おまけに作業に夢中になって、水分補給も疎かだった。
図星を突かれて、私は視線をそらす。
「それは…そうだけど…。でも、それとこれとは別でしょ。大会前なんだから私の事より…」
「大会より、久莉奈の体の方が大事だろ!」
「…!」
私の言葉を遮るように、大君が大声を上げる。
驚いた私はビクッと体を震わせる。
「…っ悪い。体調悪いのに、大声出して。」
「…ううん。」
大君はバツが悪そうにそっぽを向く。
けど、表情は険しいまま。
…どうしよう、大君を怒らせてしまった。
重苦しい空気。
こんな事は初めてで、どうしていいのかわからず私は黙りこむ。
「…監督には、久莉奈を送るから今日は帰るって伝えてある。動けるようになったら帰る支度して。」
「で、でも…」
「でもじゃない。」
大君は眉間にしわを寄せ、私の顔をジッと見る。
有無を言わさないその雰囲気に、私は頷くしかなかった。
***
帰り道、歩けるようにはなったけど、まだ少しフラフラする。
ゆっくり歩く私を支えてくれるその手はいつも通り優しいのに、大君は私を見ようとせず空気は重いまま。
「…大君、練習の邪魔して、ごめんなさい。」
「…違うだろ。」
「え?」
「俺が怒ってるのはそんな事じゃない。久莉奈が自分の体を大事にしなかったことだよ。」
「…」
「久莉奈が俺達の為に頑張ってくれてるのは、すげぇ嬉しいし感謝してる。でも、それで体壊すならもう頑張ってほしくないし、俺もバスケ頑張れない。」
私はバスケを頑張る大君を支えたくてマネージャーをしてるのに、その邪魔をしたばかりでなく、大君の優しさもわかってなかった。
涙が一気にこみ上げてきて、目から零れ落ちる。
「おわっ!久莉奈!?」
「…ごめんなさい。私、大君の優しさを踏みにじってるね。」
こんな事で泣きたくないのに、涙が止まらない。
大君は私の頭にそっと手を乗せ、優しく撫でてくれる。
「…俺こそ、ごめんな。きつく言い過ぎた。」
「ううん…ありがとう、私の為に怒ってくれて。私、バスケ頑張ってる大君が好きだから、もう無茶はしない。…だから、これからもマネージャー続けさせてくれる?」
「…もちろん。これからもマネージャーでいてほしいよ。」
やっと、大君が少し微笑んでくれた。
私の気持ちも、ようやく少し晴れる。
「ありがとう。…大君も無茶しすぎないでね。」
「おう。無茶しない程度に無茶するよ。」
大君がニカっと笑う。
その太陽のような笑顔を向けてくれるのが、嬉しい。
「ふふ、何それ。」
「大会近いしな。また明日から頑張らないとな。」
「うん、そうだね。」
大君が私の手を握る。
私はギュッとその手を握り返し、精一杯の笑顔を向けた。
部員は気合十分で、練習にも熱が入る。
私もマネージャーとして、日々忙しくしている。
「あつ…。」
額から流れる汗を手で拭う。
体育館のドアを全開にしても入ってくる風はジメっとぬるくて、立っているだけでも体力が奪われていく感じがする。
けど、練習をしている選手達はもっと暑いんだから泣き言は言っていられない。
ふと練習中の大君が足を止め、スコアリングをしている私の方を見た。
「久莉奈、顔色が悪いぞ。」
「…え?」
大君に声をかけられて顔を上げた直後、視界に白いモヤがかかった。
頭に重しが乗ったかのようになり、体がぐらつく。
手の力が入らなくなり、スコアブックとペンが床に落ちる。
「ちょっ、久莉奈!?」
足元がおぼつかなくなり、立っていられなくなる。
こちらに駆け寄る大君の姿が、どんどん傾いていく。
床に体が付くより先に視界が真っ白から真っ黒に変わり、意識はそこで途切れた。
***
「…ん…」
ゆっくり目を開ける。
最初に視界に入ったのは、見覚えのない天井。
「久莉奈!気がついたか!」
直後、私の顔を覗き込む大君の顔で視界がいっぱいになる。
今まで見た事ないくらい焦った表情。
まだちゃんと働かない頭でも、私が大君に大きな心配をかけてしまったことはわかる。
早く安心してもらいたいけど、口の中がカラカラで声が上手く出せない。
「良かった…ここは保健室だよ。」
「え…?」
「倒れたんだよ。覚えてないか?」
「…そう、いえば。」
「具合はどうだ?痛いところはないか?」
おぼろげながら、その時の記憶が蘇ってくる。
と、体もその事を思い出したのか、痛みを感じ始めた。倒れた時に打ったのだろうか。
それに頭もガンガンと痛む。
「頭と…体も痛い。」
「倒れた時、すげぇ音したからな…。痣になっちまうかも。」
そう言うと、大君はストローが刺さったスポーツドリンクの缶を私の口元に差し出す。
「飲めるか?」
「うん…。」
少し顔を傾けストローを咥える。
体に染みこむように入ってくる飲み慣れたその味が、今は何よりも美味しく感じる。
そのおかげか段々と意識がはっきりしてきた。
壁に掛けられた時計を見ると、まだ練習中の時間。
倒れてからそんなには経っていないようだ。
「大君、ありがとう。もう大丈夫だから、練習に戻っていいよ。」
「…何言ってるんだ。」
私の言葉に、大君の表情が一気に険しくなる。
こんな表情を向けられたことがなくて、私はたじろぐ。
「こんな状況じゃ練習どころじゃねぇよ。…どうして無茶したんだ。」
「…そんなつもりはなかったよ。」
「でも実際、無茶したから倒れたんだろ。水分もろくに摂ってなかったみてぇだし。」
「…」
体調管理には気を付けているつもりだった。
けど、最近色々忙しくて寝不足気味。
おまけに作業に夢中になって、水分補給も疎かだった。
図星を突かれて、私は視線をそらす。
「それは…そうだけど…。でも、それとこれとは別でしょ。大会前なんだから私の事より…」
「大会より、久莉奈の体の方が大事だろ!」
「…!」
私の言葉を遮るように、大君が大声を上げる。
驚いた私はビクッと体を震わせる。
「…っ悪い。体調悪いのに、大声出して。」
「…ううん。」
大君はバツが悪そうにそっぽを向く。
けど、表情は険しいまま。
…どうしよう、大君を怒らせてしまった。
重苦しい空気。
こんな事は初めてで、どうしていいのかわからず私は黙りこむ。
「…監督には、久莉奈を送るから今日は帰るって伝えてある。動けるようになったら帰る支度して。」
「で、でも…」
「でもじゃない。」
大君は眉間にしわを寄せ、私の顔をジッと見る。
有無を言わさないその雰囲気に、私は頷くしかなかった。
***
帰り道、歩けるようにはなったけど、まだ少しフラフラする。
ゆっくり歩く私を支えてくれるその手はいつも通り優しいのに、大君は私を見ようとせず空気は重いまま。
「…大君、練習の邪魔して、ごめんなさい。」
「…違うだろ。」
「え?」
「俺が怒ってるのはそんな事じゃない。久莉奈が自分の体を大事にしなかったことだよ。」
「…」
「久莉奈が俺達の為に頑張ってくれてるのは、すげぇ嬉しいし感謝してる。でも、それで体壊すならもう頑張ってほしくないし、俺もバスケ頑張れない。」
私はバスケを頑張る大君を支えたくてマネージャーをしてるのに、その邪魔をしたばかりでなく、大君の優しさもわかってなかった。
涙が一気にこみ上げてきて、目から零れ落ちる。
「おわっ!久莉奈!?」
「…ごめんなさい。私、大君の優しさを踏みにじってるね。」
こんな事で泣きたくないのに、涙が止まらない。
大君は私の頭にそっと手を乗せ、優しく撫でてくれる。
「…俺こそ、ごめんな。きつく言い過ぎた。」
「ううん…ありがとう、私の為に怒ってくれて。私、バスケ頑張ってる大君が好きだから、もう無茶はしない。…だから、これからもマネージャー続けさせてくれる?」
「…もちろん。これからもマネージャーでいてほしいよ。」
やっと、大君が少し微笑んでくれた。
私の気持ちも、ようやく少し晴れる。
「ありがとう。…大君も無茶しすぎないでね。」
「おう。無茶しない程度に無茶するよ。」
大君がニカっと笑う。
その太陽のような笑顔を向けてくれるのが、嬉しい。
「ふふ、何それ。」
「大会近いしな。また明日から頑張らないとな。」
「うん、そうだね。」
大君が私の手を握る。
私はギュッとその手を握り返し、精一杯の笑顔を向けた。
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